第9話 結局、出たとこ勝負


(やっちゃった……)


 誤解を解くためとは言え、初対面の相手についつい予定外のことまで喋ってしまった。

 食堂脇の個室で、カナンは丸テーブルに両手をつき、青ざめたまま肩で息をしていた。隣にいるイビスと、正面にいるハミッシュの視線が痛い。


(どうしよう……)


 いつも考えなしに行動してしまう自分が恨めしい。

 今回だけは、慎重に慎重を重ねて行動するつもりだったというのに────出来る事ならこのままテーブルに突っ伏して耳を塞いでしまいたい。


「────で? お嬢ちゃんは、頭の固い俺たちシムルに、何を言おうとしていたわけ?」


 長い沈黙の後、イビスが口を開いた。

 快活そうな笑みは少し前から消えていて、今なら彼が盗賊団のかしらだということが信じられそうな、鋭利な雰囲気を纏っている。


「それをお話しする前に、一つだけ、質問しても良いですか? 青湖シンファの人たちは、シムルという組織を作って月紫国ユンシィに抵抗を続けていますけど、もしも、他の属領の人たちが月紫国に抵抗を始めたら、あなた達は、彼らと、協力する事は出来ますか?」


 カナンがそう問うと、息を呑む微かな音と共に再び沈黙が降りた。



 〇     〇



 即答を拒んだイビスによって、答えは翌日に持ち越された。

 朝食後に開かれたシムルの緊急会議は、初日にキースの両親と食事をした、洞窟のような小部屋で始まった。


 集まった面々はシムルの首領ベアードとその妻アイルサ。一人息子のキース。海軍総督ハミッシュと陸軍総督イビス。そしてカナンとトール。この七名が、長方形のテーブルを囲んでいる。


「昨日の質問には、さすがに俺たちだけで答える訳にはいかなかったからな」


 イビスがニカッと笑う。今の彼からは、刺すような鋭い雰囲気は消えている。その隣に座るハミッシュは昨夜と変わらぬ静かな佇まいだ。

 一方、彼らの対面に座るカナンとトールは、緊張に身体を強張らせている。


「カナン……うちの両親がおまえの素性を勝手に話してしまって、本当にすまない。でも、知っているのはここにいる者だけだ。これ以上は絶対に秘密を漏らさないと誓う」


 カナンの隣に座るキースが、申し訳なさそうに眉尻を下げて謝罪する。

 正直を言えばとても信用できなかったけれど、カナンは口を引き結んだままうなずいた。


「で、嬢ちゃんの質問の答えだが、俺たちシムルは、他の属領と手を組むことはやぶさかではない。ただし、相手が嘘偽りなく反月紫国の狼煙のろしを上げたら、の話だ」


 ベアードもアイルサも、最初に挨拶した後は一言も発しない。進行役を託したのか、この場を仕切るのは若いイビスだ。


「嬢ちゃんが俺たちを説得できるだけの証拠を示さない限り、俺たちは動かない。その事を頭に入れて、俺たちに言いたいこととやらを喋ってくれ」


 そう言ってイビスは笑う。


(一番若いのに、いっちばん頭固いんじゃないの?)


 カナンはイビスを軽く睨んだまま、クッと唇を噛みしめた。そして、そのままキースの方を向く。


「この部屋は、外に声が漏れませんか?」


「大丈夫だ。ここは普段からシムルの会議に使う場所だ。外にいる者に声は聞こえない」


 キースの言葉に少しだけ安堵する。が、まだまだ安心して喋る訳にはいかない。


「万が一にも、ここで喋ったことが外に漏れて、それが月紫国に知られたりしたら、あたしの大切な友人の命が危うくなってしまいます。もしそんなことになったら、あたしが死んでお詫びしたとしても償えません。だから、今は詳しいことは話せません。それでも、ここで聞いたことを誰にも洩らさないと誓ってください」


「はっ、それじゃまるで、俺たちが月紫国に通じてるみたいじゃないか?」


 イビスが代表してシムル側の思いをつぶやく。


「あなた達が通じてなくても、どこかに紛れ込んでいる月紫国の間者の耳に入らないとも限らないでしょ? あたしは、彼女の命を危険に晒すことなんか出来ないの!」


「友人てのは……女か?」


 イビスのつぶやきに、カナンはこくりとうなずいた。


「彼女に会ったのは、月紫国の皇都です。あたしはこの前の夏、当時の月紫国皇太子に招かれて皇都へ行きました。そこで侍女をしていた彼女は、許嫁の仇を討つために、皇帝の暗殺を計画していたんです」


「暗殺?」


 声を上げたのはイビスだけだったが、部屋の空気が少し変わった。


「死を覚悟した彼女の行動を、あたしは何も知らぬまま止めてしまいました。それが縁で、あたしは彼女の話を聞く機会を得ました。

 彼女の許嫁は、二年前に盗賊の討伐を理由に徴兵されたそうです。なのに、討伐中に月紫国の兵にだまし討ちされ、谷底へ落ちてしまいました。彼女の元に届いたのは彼の死の報だったのです。

 盗賊の討伐は罠だった。月紫国ははじめから、人望が厚く国をまとめる力を持つ彼を抹殺しようとしていた。そう確信した彼女は、仇を討つために皇都へ向かったそうです」


 眉根を寄せて、カナンは言葉を続ける。


「あたしが月紫国の皇都を出た同じ日に、彼女も旅立ちました。その後、幸運なことに彼女は許嫁と再会することが出来ました。酷い怪我を負いながらも、川に流された先で助けられ、一命を取り止めたそうです。二人は、わざわざ水龍国スールンのあたしの家まで訪ねて来てくれました。その時彼らは、国に戻ったら反月紫国の組織を立ち上げると言っていました。

 あなた方は、もしも彼らが手を差し伸べてきたら、その手を取ってくれますか?」

  

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