第8話 とんでもない誤解


「ちょっと話していかないか?」


 料理長のおまかせ料理を個室の丸テーブルに並べ終えたところで、カナンは陸軍総督(ぶっちゃけ盗賊団の頭)の青年、イビスに引き留められた。


「話、ですか?」


 カナンは首を傾げた。内心では、心臓がきゅっと縮まるほど緊張している。

 シムルの幹部に会うことが出来たら、なるべく近くで観察し、少しずつ距離を詰めてから話を聞きたいと思っていたのに、まさか会ったばかりの相手から、話をしようと言われるなんて思ってもみなかった。


(怪しまれて、る?)


「そう緊張するなって。まぁ、座れよ」


 イビスがわざわざ立ち上がって椅子を引いてくれる。

 これはもう、座るしかない。


「あ、ありがとうございます」


 カナンはお盆を抱えたまま、イビスの横に腰かけた。


「あのキース様が、わざわざ他国から従者を連れて来たって聞いてさぁ、俺たちびっくりした訳よ。おまえら水龍国スールンから来たんだって?」


「は、はい。僕たちが住んでる水龍国の港に師匠の船が毎年来て、その度に釣りを教えてもらってたんです。でも、師匠が偉い人だったなんて知らなくて……この島の人たちがキース様って呼んでるのを聞いて、初めて知りました。あっ、僕たちもキース様って呼ばないといけませんよね?」


「いや、おまえらはそのままで構わないさ。キース様もその方が良いだろう」


 イビスは気さくな青年だ。彼に話しかけられると、ついうっかり答えてしまいそうになる。

 カナンの正面に座るハミッシュは、イビスに全て任せているのか、麦酒を飲みながら料理をつまんでいる。


「ベアード様から聞いたよ。おまえらの国も月紫国ユンシィに狙われてるんだってな。だからキース様を頼って来たんだろ? 安心しろ。俺たちは味方だ。追い出したりしない。アイルサ様なんて、息子がようやく女の子を連れて来たって喜んでたんだぜ」


「おんな……の、こ?」


 カナンは目を瞠ったままイビスを凝視した。 


「水龍国の、王女様なんだってな?」


 イビスの目が弧を描き、ニンマリと笑う。


(なっ……内緒ニ シテクレルッテ 言ッタノニ……)


 キースの両親、ベアードとアイルサの姿が頭に浮かぶ。

 両親は口が堅いから大丈夫だと、確かキースは、そう言ってなかっただろうか。

 信頼という文字がガラガラと音を立てて崩れてゆくなか、カナンは必死に気持ちを立て直した。


「あのっ、な、何か、とんでもない、誤解が、あるようですが?」


「あっ、大丈夫だいじょーぶ! この事は俺たちしか知らないから。誰にも言わないし!」


 イビスが顔の前で大きな手をヒラヒラと振るが、とても信用などできない。

 それとも、キースの両親がカナンの素性を速攻でバラしたのは、彼らがシムルの幹部だからなのだろうか。


「誤解、してますよ。僕は田舎貴族の末っ子で、そもそも王女だったことなんかありませんから!」


 強い口調で言い返すが、イビスは飄々としている。


「あー、双子だから捨てられたんだって? 可哀想になぁ」

「だから、違いますって!」


 カナンが否定しても、イビスは聞いてやしない。


「例え捨てられたとしても、王家の血は引いてる訳じゃん。そこらへんも、うちのキース様と釣り合いが取れてるんだよ。アイルサ様が気に入る訳だよなっ、ハミッシュ?」


 イビスに問いかけられて、ハミッシュが料理をモグモグと咀嚼そしゃくしながらうなずく。

 シムルの幹部二人の態度に、カナンの胸に湧いた不安は増してゆくばかりだ。


「釣り合いって……どういう意味ですか?」


「そりゃ決まってる。キース様の嫁候補に必要な条件を、おまえさんは十分満たしているって話さ」


「……は?」

 カナンは今度こそ固まった。


 シムルの首領ベアードの父は、確かに青湖シンファの王だったと聞いている。だから、その血を受け継いでいるキースの嫁にも、相応の血を求めるのだろうか。

 頭が混乱しているせいか、カナンの思考はおかしな方へ漂っていってしまう。


 確かに、アイルサからは何度もお茶に誘われた。

 彼女がカナンのことを気に入ってくれたのは、もしや、カナンが〝王家の血を引く女の子〟だったからなのだろうか。


(もしそうなら……がっかりだな)


 カナンは錯綜する思考を追い払うために、プルプルと頭を振った。


「あの、言っておきますけど、キースとはそういう関係じゃありません。本当に、釣りの師匠と弟子なんです」


 キースの両親が喋ってしまったのなら、これ以上男だと言い張っても無駄だろう。それよりも、彼らのとんでもない誤解を解く方が重要な気がしてきた。


「確かに、キースを頼って来たのは本当です。でも、逃げて来たんじゃありません。月紫国に抵抗しているシムルの人たちの話を聞いたら、国へ帰ります。ここに残るつもりはありません」


「へぇ。まさかお嬢ちゃんが、俺たちみたいな組織を立ち上げようってのか?」


 そう問い返して来たイビスの顔と言葉には、わずかだが侮蔑の色が混じっている。


「違いますっ、そうじゃありません!」


 カナンは椅子を倒す勢いで立ち上がった。


「あたしは反月紫国の組織を作りたい訳じゃないんです。それより、水龍国への侵攻そのものを阻止したい! そう思って動いてるんです!」


 キッと睨むように見返すと、イビスだけでなく、今まで無関心に食事をつまんでいたハミッシュまでが、驚いたような目をカナンに向けていた。


「……キースには、無駄だと言われました。シムルの人たちはよそ者を信じないから、あたしが何を言っても聞いてくれないって。でも、そこで諦めたら終わりじゃないですか! あたしは自分の目で見たことしか信じない。だから、シムルの人たちが本当に頭が固いのか、自分の目で確かめに来たんです。祖国から逃げて、自分だけ匿ってもらうために来たんじゃありません!」


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