第7話 シムルの幹部たち
カナンとトールが
その間、二人はキースの従者として働きながら、食堂の手伝いなどの仕事も進んで引き受けていた。
人の顔を覚えるには、シムルの男たちが日に何度も訪れる食堂の仕事が最適だった。
『────おまえのことだから、シムルの首領に会ったら直談判するのかと思ってたよ』
キースの両親と夕食を共にした初日の夜、トールは不思議そうな顔をしてそう言った。
『トゥラン皇子と手を組んで下さいって言い出すんじゃないかって、俺けっこう、ハラハラしてたんだぜ』
『いくらなんでも、それは無いよぉ』
カナンは眉尻を下げて唇を尖らせる。
自分が勝手に動いたせいで、もしもトゥランの計画が皇帝にバレたりしたら、彼だけでなく、サラーナたちの命まで危うくなってしまう。それが一番怖かった。
『いくらあたしが考えなしの出たとこ勝負な人間でも、今回ばかりは用心深くなるよ。それにさ、シムルの首領は国王とはちょっと違うみたいだから、直訴してもダメだったと思うよ。うちの連中は頭が固いってキースも言ってし。それって要するに、シムルの幹部を説得しなきゃダメってことでしょ?』
『たぶんな』
『だから、その人たちがどんな人なのか。信用できる人なのか。それをちゃんと見極めるまでは、何も言わないつもりよ』
あの夜、カナンはトールにそう言った。
だから、シムルの考え方や、幹部たちの人となりを知るために、キースに無理を言って食堂の仕事をさせて貰ったのだ。
「おーいケイル! ちびっ子、こっち手伝え!」
「はーい!」
食器洗いをしていたカナンは、お盆を抱えてテーブルの間をすり抜けて行く。
シムルの施設内にある食堂は、今日も独身寮暮らしの男たちで一杯だ。
島の中ほどは〝住民の私的な生活区域〟だとキースは言っていたけれど、若い船乗りたちの多くは独身で、彼らはシムルの施設内にある寮で暮らしている。
海が荒れる冬は島に戻っている船が多く、食堂は毎日大わらわだ。特に夜はそのまま酒盛りになることが多く、なかなか人が減らないことが忙しさに拍車をかけている。
食べ終わった食器を重ね、ずっしりと重いお盆を持ってカナンが歩き出すと、
「よう、ちびっ子! 今日も可愛いな」
いくらも歩かないうちに、後ろから何者かが抱きついてくる。
「うひょー。抱き心地はイマイチだけど、何か良い匂い」
「わぁっ! 放せっ、酔っぱらい! 食器が割れたらオマエのせいだぞ!」
両手にお盆を持っているカナンは、固まったまま声を上げた。
相手は酔っぱらいと言えど腕っぷしの強い海賊だ。例え両手が自由だったとしても、後ろから抱きつかれてしまえば身動きすら出来ないだろう。
もちろん、声を上げたところで相手はカナンの言葉なんか聞いてないし、周りにいる連中も面白がって誰も止めない。
「いい加減に放せよっ!」
カナンは片足を浮かすと、後ろにいる男の
「痛でっ!」
相手がひるんで手を緩めた隙にサッと離れる。
必殺の〈脛蹴り〉は、ここへ来てから覚えた酔っぱらい撃退法だ。
「酔っぱらってるからって、何しても許されると思うなよ! あんまり酷いと偉い人に言いつけるからな!」
カナンが頬を膨らませてプンスカ怒っていると、ようやくトールが駆けつけてきた。
「俺の弟にちょっかい出す奴は、その場で
帯に差した短剣の柄をつかんで、トールが開口一番、脅し文句を投げつける。
島に来た翌日、トールは巨漢の男と対決した。それ以来、面白がられて毎晩のように海賊たちと拳や剣で手合わせをしているので、トールが強いことは知れ渡っているはずなのだが────。
「おおっ、トールおまえも飲め!」
トールはあっという間に酔っぱらいの中に引きずり込まれてしまう。
酒杯を受け取るトールの方も、満更でもないらしいから頭にくる。
「もー!」
カナンは怒ってプイッと踵を返した。
急に振り返ったせいで、後ろにいた人にぶつかりそうになってしまう。
「わっ、ごめんなさい!」
「おっと。いや、大丈夫だ。キース様の従者ってのは、おまえか?」
見上げると、まだ若そうな赤毛の大男が、快活そうな笑みを浮かべて立っていた。彼の後ろにはほっそりした白髪まじりの男がいるが、どちらも初めて見る顔だ。
「はい。ケイルといいます。それから、あそこで戯れているのが兄のトールです」
キースの従者が黒髪の少年だと知れ渡っているのだろう。二人とも、トールの姿を確認してうなずいている。
「あのう……初めてお目にかかりますよね?」
上目遣いに恐る恐る尋ねると、快活そうな青年はニカッと笑ってうなずいた。
「こっちのオジサンは海軍総督のハミッシュ殿だ。そんで俺は、陸軍総督のイビス。まぁ、ぶっちゃけあちらは海賊団の
バシッと肩を叩かれて、カナンは危うくお盆を落とすところだった。
「こっ、こちらこそよろしくお願いします。あの、お食事はこれからですか? もうあまり残ってないけど、料理長に頼んで何か作ってもらいましょうか?」
「ああ、そうだな。じゃあ、料理長のおまかせを二人分頼むよ。麦酒も一緒に、向こうの部屋に持って来てくれ」
イビスが食堂の脇にある扉を指さした。あまり使われることはないが、食堂の中にはいくつか個室がある。
ハミッシュは一言も喋らなかったが、カナンが目を向けると無言でうなずいたので、それで良いようだ。
カナンは「わかりました!」と答えて、重いお盆を抱えたまま厨房へ向かった。
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