第5話 決闘騒ぎ


「────へぇ、おまえらか。キース様の従者になったって小僧は」


 突然、凶悪な顔をした巨漢の男が現れた。カナンとトールが座るテーブルの前に立ち、少し屈んでニヤリと笑う。


 男たちがひしめく昼時の食堂。

 足を踏み入れた時から、自分たちに好奇の目が注がれていることには気がついていた。

 魚介のスープをすすり薄切りのパン頬張りつつも、周りのテーブルから遠慮の欠片もないたくさんの視線がずっと気になっていた。


 金や赤茶の髪をした男たちの中で、黒髪の二人はそれだけで目を引いてしまう。

 巨漢の男に顔を覗き込まれたカナンがビクッとおののいて体を引くと、トールがすかさず立ち上がった。巨漢の男には及ばないが、トールも背だけは高い。


「俺は水龍国のトール。こいつは弟のケイルだ。水龍国じゃ、あんたみたいな大男は少ないんだ。あんまり弟を脅かさないでやってくれ」


「脅かすなって? おい、みんな聞いたか? このお嬢ちゃんみたいな顔したちびっ子には、俺らの顔を見せちゃいけねぇんだってよ!」


 男の言葉に食堂内がどっと沸く。

 ヒューヒューと口笛を鳴らす者や、卑猥な言葉をかけて来る者たちの声で食堂内は大騒ぎだ。


「そんなか弱い小僧じゃ、このインシアではやっていけないぜ。この俺様が鍛えてやろう」


 ぬっとカナンに伸ばした男の手を、トールがつかんで捻り上げた。


「痛っ、てめぇ、何しやがる!」

「弟より俺とやろうぜ。シムルの男がどれだけ強いか、興味があったんだ」


 鼻先が触れそうなほど顔を近づけた二人の、ギラリと光る目がぶつかり合う。


 ガラガラガッシャーン!!


 どちらが先に飛びかかったのかはわからなかった。激しく掴み合い、ぐるぐると身体の位置を入れ替える二人に、周りのテーブルがなぎ倒されてゆく。当然、一番近くにいたカナンたちのテーブルも秒で倒された。


「ああっ、お昼ご飯が!」


 カナンの嘆きなど誰も聞いてはいない。男たちの目は、殴り合うトールと巨漢の男に釘づけだ。


「んもう! 食べ物のあるところで喧嘩するなんて!」


 トールのことは心配していない。巨漢の男に体重差では負けているが、それだけで負けるような兄ではない。

 なので、差し当たりカナンの心配事は、食事半ばで床にぶちまけられてしまった昼ご飯と割れたお皿の後始末だった。


 カナンは両手を腰にあてて床の惨状を眺めると、フンッと鼻息荒く踵を返した。


「やれやれー!」と応援する男たちの間をすり抜けて、カナンは厨房へ駆け寄った。中から騒ぎを眺めている中年の料理人に、恐る恐る声をかける。


「あのぉ、僕、料理を床に落としてしまったんです……それで、お皿も割れちゃって……本当にごめんなさい。掃除道具をお借りしても良いですか?」


 カナンの言葉に、料理人は苦笑をしながら厨房脇の道具入れを指さした。


「掃除道具ならあそこだ。勝手に使って構わないが、あの騒ぎが終わるまで掃除どころじゃないだろうな」


 料理人につられるように、カナンは騒ぎの方へ振り返った。

 確かにそうだ。あんなドッタンバッタンやっている近くで掃除をしても、更なる被害とゴミが出るだけだろう。


 カナンは掃除用具入れからほうきとバケツを取り出した。もちろん掃除に使うためだが、その前に、やらなければいけない事がある。


 ボカッ バキッ

 拳と拳で会話する二人の男たちと、その二人を囲んでやんやと騒ぐ男たち。


(どっちも気が知れないわ!)

 カナンは憤慨していた。


 カンカンカンカン!

 箒の柄でバケツを叩きながら、カナンは男たちの間を縫って前へ出る。


「トールにい! 喧嘩するなら外でやってよ! ほら、おじさんも!」


 箒の穂先でパシパシと叩き、驚いて拳を止めた二人を文字通り窓の外へ掃き出してゆく。


「見物する人も外へ出てね。でないと、掃除が出来ないんだから!」


 箒の柄を持ってプクッと膨れれば、呆気にとられた男たちが呆然としたままわらわらと外へ出て行く。

 ようやく床が見えてきたので、カナンは無残な姿になった昼食と皿の欠片をバケツの中に片付け始めた。



「あらあら、大したものねぇ」


 食堂の入口に立って騒ぎの様子をうかがっていたキースの後ろから、アイルサの楽しそうな声が聞こえてきた。


「母さん、何でここに?」


 キースは驚いて振り返った。母のアイルサは滅多に食堂へは来ない。ガラの悪い連中と一緒にいると疲れるのだそうだ。


「もちろん、ケイルちゃんをお茶に誘いに来たのよ。母さん、可愛い子が大好きなの!」


 おもちゃを見つけたと言わんばかりに目を輝かせる母に、キースは一抹の不安を覚えるのだった。

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