第4話 シムルの首領


 東の島インシアに夜の帳が降りる頃、カナンとトールはキースに連れられて、シムルの施設の最上部にやって来た。

 食事をすると言われていたので、カナンはたくさんの男たちがわいわいやっている広い部屋を思い描いていたのだけれど、窓のないその部屋は、まるで洞窟のような雰囲気の小さな部屋だった。


 白い石壁には所々に四角い窪みがあって、その中にはつやつやに磨かれた巻貝や珊瑚などの置物が飾られ、その他の壁にも古びたいかりなど海に関するものがたくさん飾られていた。

 部屋の四隅と中央のテーブルに置かれたランプの光が、白い壁に不思議な光と影を落していて、まるで海の中にいるようだった。


「紹介するよ。父のベアードと母のアイルサだ」


 家庭的な長方形のテーブルには、長い赤毛を無造作に束ねた赤ひげのどっしりとした男性と、キースと同じ麦わら色の髪を結い上げた美しい女性が座っていた。


「初めまして! わたっ、僕は、ケイルと申します!」

「俺はトール。ケイルの兄です。水龍国スールンから来ました」


 カナンとトールが挨拶をしてペコリと頭を下げると、ベアードが相好を崩した。


「話は聞いている。息子のキースが毎年お世話になっていたらしいな」

「さぁ、座ってちょうだい。一緒に夕食をいただきましょう」


 シムルの首領は青湖シンファの王家筋だと聞いていたので、二人ともカチコチに緊張していたが、ベアードとアイルサに気さくに話しかけられると瞬く間に緊張は解けた。


 テーブルに並んだ夕食は、島だけあって海の物が多い。

 魚介のスープに焼き魚、付け合わせの芋とオレンジ色の果物は島で採れたものだろうか。こんがり焼けた丸いパンはきっと青湖本土で収穫された小麦で作ったのだろう。

 料理はどれも素朴な塩味なのだが、やけに美味しい。


「きみたちは、シムルのことが知りたくて来たと聞いたが、シムルの何が知りたいのだ?」


 穏やかな問いかけだったが、ベアードの目は鋭い。

 ここは、月紫国ユンシィ海軍でさえ探しあぐねているシムルの本拠地だ。息子の友人だから入れてもらえたが、子供にだって警戒を怠るつもりはないのだろう。

 カナンは魚介のスープから身を起こし、背筋を伸ばした。


「僕たちは、水龍国の南部に住んでいます。田舎に住んでいても中央の話は聞こえてきます。月紫国が次に狙うのは水龍国に違いないって。数ある月紫国の属領の中で、青湖だけが月紫国に抵抗を続けていますよね? キースがシムルの人間だって聞いた時は驚いたけど、どうしても話を聞いてみたくなって……無理やり頼み込んで来てしまいました」


 必死に紡いだカナンの言葉をどう取ったのか、ベアードが目を細めた。


「なるほど。ケイル、きみ、年はいくつだ?」

「じゅっ、十六になりました」

「十六か。十三くらいかと思ったぞ」

「はぁ、よく言われます」

「水龍国の王女なんだって?」

「へっ?」

「男の格好をするなら、十三歳くらいにしておけ。とても十六歳には見えないぞ」


 赤ひげベアードがニヤリと笑う。


「へぇぇぇぇ?」


 カナンは奇声を上げながら、右端の席に座るキースを見上げた。すると、彼は気まずそうな笑みを浮かべた。


「父と母にはおまえの素性を話したんだ。その方が色々と助けてもらえると思ってな。大丈夫だ。二人とも口は堅いし、他は誰にも言ってない」

「……キースが、そう言うなら」


 目を白黒させながらカナンがうなずくと、キースが手を伸ばしてカナンの頭をクシャッと撫でた。

 そんな二人のやり取りを、ベアードとアイルサは微笑ましげに眺めていた。


「食卓が賑やかなのは嬉しいわね。家族が増えたみたいだわ」

「そうだな。さて、我らシムルのことを知りたいなら、まずは我らのご先祖が遠き東の国から海を渡って来た頃のことから話さねばならないな」


 ベアードは透明な酒で喉を潤すと、カナンとトールを等分に見つめながらニカッと笑った。


「我が父が青湖国シンファの国王だった頃に月紫国が攻め込んで来た。わしはまだ小さな子供で、戦うことも出来なかったよ。不意打ちだったせいでほとんど抵抗らしい抵抗も出来ぬまま、青湖は月紫国の属領となってしまったが、王都陥落と同時に父は一族を引き連れて城を脱出し、この東の島インシアに逃げてきた。我らはもともと海の民でな。この島だけじゃなく、海上の拠点をいくつか持っていたのが幸運だった」


「海の民?」


「そう。我らのご先祖様は、遠い東の国からやって来たんだ────」


 ベアードは楽しげに青湖の歴史を語った。


 遥か昔のこと。定住する土地を探していた海の民が見つけたのが、青湖の湖水地方で自給自足の生活を営む黒髪の民の里だった。

 海の産物を手土産に彼らと交流を重ね、少しずつ受け入れられたこと。

 農作物を奪いに来る盗賊たちから里を守るため、元来気が荒く腕っぷしの強い海の民が活躍し、里長に推挙されたこと。


「────この島に住む者はわしらのような髪色の者が多いが、青湖の本土じゃ混血が進んで、今では明るい茶色の髪の者が多いほどだ」


 ベアードとアイルサは自然に笑みを交わす。


「青湖の民はみんな家族なんだ。わしらシムルは長い間、細々と抵抗を繰り返すことしか出来なかったが、いつか必ず、月紫国から青湖の国土を取り戻してみせる。絶対にだ。だから、きみたち水龍国も負けないでくれ」


 何の気負いもなく穏やかにそう言ってのけるベアードに、カナンとトールは何度も何度もうなずくのだった。

  

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