第3話 首領の息子


 島の内部に造られた秘密の入り江。

 どういう仕組みで断崖に通路が現れるのか。

 聞きたいことは山ほどあったが、恐らく聞いても無駄だろう。部外者には教えられない極秘事項なのだ。


 入江の桟橋に上陸したカナンとトールは、キースの後について歩きだした。

 東の島インシアは美しい島だ。

 入江の桟橋にはたくさんの中型船が停泊している。その周りにある建物は、おそらく造船所や船の修理をする工場なのだろう。


 水際から四方に伸びた階段を上がれば、段々畑のような土地には四角い建物が建ち並び、賑やかな町が広がっている。入り江近くには食堂でもあるのか、良い香りが漂っている。


 キースはインシアのことを〈荒くれ者の島〉だと言っていたが、階段から横に伸びた通路を見れば、怖そうな男たちに交じって女も子供も歩いている。そこだけ切り取れば、どこにでもある町の風景だ。


 島の住人はみんな肌が白く、キースと同じような麦わら色の髪も多い

 彼らはキースの姿を認めると、「キース様、お帰りなさい!」と気軽に声をかけてくる。キースも朗らかに挨拶を返しているが、カナンとトールはその度に首をひねった。


「ねぇ、様だって」

「ああ。何でみんな様づけで呼ぶんだろ?」


 キースの後ろを歩くカナンとトールが、声を潜めて囁き合う。

 思えば、船の乗組員たちもみんなキースのことを様づけで呼んでいた。単に、船の中での地位が高いからだと勝手に思っていたが────どうやらその認識は間違っていたらしい。


「ねぇキース。何でみんなはキースのことキース様って呼ぶの?」


 カナンが後ろから声をかけると、キースが困ったような顔で振り向いた。

 よほど言いたくなかったのか、それとも単に照れているのか、少し口を尖らせて変な顔をしている。


「それは……俺が、シムルの首領の息子だからだ」

「シ、シムルの……首領?」


 トールが掠れた声で呻いた。

 シムルの名を聞けば、大抵の者は〈東の海賊〉という荒くれ者の組織を想像する。

 月紫国ユンシィの船しか襲わないのでそれほど恐れられている訳ではないが、それでも賊であることに変わりはない。


 ただ、トールはこの航海中にカナンから旅の目的を聞いている。その時に、シムルが旧青湖シンファ王家による反月紫国の組織だと教えられていた。


(……てことは、師匠は、青湖王家筋の人間なのか?)


 カナンもその事に思い至ったのか、陸に上がった魚のように口をパクパクさせている。


「あとで父を紹介するけど、まずはおまえらの部屋に案内するよ。俺の部屋の隣だから安心しろ」


 そう言って、キースはさらに階段を上ってゆく。


 段々畑のような島の最上部。階段の行き止まりには、ひときわ大きな四角い建物が建っていた。その正面には扉を守る兵士が二人。

 キースはにこやかに彼らと挨拶を交わしながらその扉をくぐると、すぐ左手にある通路を歩き出した。


「この島の最上部は、すべてシムルの施設になっているんだ。と言っても、この島に居る全員がシムルだけどね。まぁ、この建物より下は住民の生活区域だと思ってくれればいい」


 キースの話を聞きながら、カナンは通路の左側の壁に目を向けた。壁に等間隔に並ぶ小さな四角い窓からは、さっき通って来た段々畑のような街並みと、影に覆われた島の反対側が見えている。


「そっか、向こう側は影になってしまうんだね」

「ああ。特に冬は光が差さない。だから、向こう側にあるのは氷室や倉庫だ」

「へぇ、なるほどな。この島は工夫で一杯だな!」


 トールも感心したようにうなずいている。


「さぁ、ここがおまえらの部屋だ。俺の従者用に造られた部屋だが、俺には従者がいない。好きに使ってくれ」


 キースが開けてくれた扉から中を覗くと、外観と同じ石造りの簡素な部屋が見えた。

 左右の壁には寝台と小さな箪笥タンスが作りつけられていて、中央には小さな四角いテーブルと椅子が置かれている。住みやすそうな部屋だ。それほど広い訳ではないが、今まで過ごしていた船室がとても狭かったせいかとても広く感じる。


「トール兄、どっちの寝台が良い?」

「別にどっちでもいいよ」

「じゃあ、僕は右の寝台を使うよ」


 カナンは入って右の寝台に駆け寄ると、荷物を放り投げて寝台に飛び込んだ。

 ひと月に及ぶ航海の間、船はちょっとした入江のある小島や、小さな港町に寄港しながら東を目指してきたが、カナンたちが寝泊まりするのはずっと船の上だった。


「揺れない寝台、サイコー!」


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