第2話 東の島(インシア)


 間もなく東の島インシアに到着すると聞いて、カナンとトールは甲板へ出ていった。

 甲板から見える海はもうずいぶん波が落ち着いていて、紺碧の海原の向こうには、徐々に近づいてくる島影が見える。

 その島の姿が大きくなるにつれ、カナンは目を大きく見開いた。


「うわぁ……」


 見上げるほどの断崖絶壁。

 打ち寄せる波は白く砕け、崖の上には冬だと言うのに緑の木々が生い茂っている。その野性味あふれる景色はまるで無人島のようで、とても人が住んでいる島には見えない。


 そもそも、あの崖はどう考えても登れそうにない。

 しかも崖の周りは岩だらけで、小舟を上げられる浜辺もなければ、港や桟橋と言ったものも見当たらない。

 波が打ち寄せる崖に少しでも船を近づけようものなら、その勢いのまま岩に叩きつけられてしまうだろう。


「ねぇキース。この島、どうやって上陸するの?」


 カナンが素朴な疑問を問いかけると、キースは得意げにふふんと笑った。


「あ、わかった! 裏側に入江があるんだろ?」


 トールが自信たっぷりに言うと、キースは片眉を上げて「見てのお楽しみだ」と言う。

 船はキースの指示で島の周囲をぐるりと一周したが、島の裏側も崖が続いていて、結局上陸可能な場所は見当たらなかった。


「ええっ、ほんとにどうやって上陸するの?」

「マジで断崖絶壁の島なのか?」


 驚きの声を上げるカナンとトール。

 そんな二人を面白がるように眺めていたキースは、首から下げていた呼子笛を口にくわえ、ピョーッと吹き鳴らした。


「この島は、青湖シンファの東にある孤島だ。東の海賊シムルの根城を血眼ちまなこになって探している月紫国ユンシィ海軍も、この島の存在は知っているんだが、奴らは上陸不可能な無人島だと思ってるんだ。俺たちはこの断崖に守られているんだよ」


「へぇ、すごいね!」

 カナンは目をキラキラさせてキースを見上げる。



 長い航海のあいだに新年を迎え、カナンは十六歳になっていた。ケイルと名を変えトールの弟のふりをしているが、その姿はとても十六歳の男子には見えない。せいぜい、十四歳くらいの少年が限界だ。

 ちなみにトールは十七歳。キースは二十二歳になった。


「いいか? あの辺りをよーく見てろよ」


 キースが長い腕を伸ばして、断崖を指さす。

 カナンとトールがその指の先へ目を凝らした時、崖の一部が動いたような気がした。


「えっ、あれ? 何か動いた?」

「通路が開いたんだ」


 キースがニヤリと笑う。

 麦わら色の髪が海風になびき、薄い空色の瞳が面白そうに煌めく。

 カナンが呆然としたまま見上げていると、キースがサッと手を上げた。


「インシア断崖通路ヨーソロー!」

『インシア断崖通路ヨーソロー!』


 舵をとるラクランの野太い声が返ってくる。


 カナンとトールが呆気に取られている間に、船は断崖の間に現れた通路を慎重にくぐり抜けてゆく。

 船はいつの間にか、緑に囲まれた入江に到着していた。


「ふえぇぇぇ、なんでぇ?」


 カナンは驚きと感嘆の入り混じった声を上げた。


「どうだ、すごいだろ?」


 キースが背中をバシッと叩いてくる。

 カナンはゲホゴホと咳込みながら、何度もうなずいた。


「ここが師匠の生まれ故郷なのか?」

「ああそうだ。俺はこのシムルの隠れ島で生まれ育った」


 トールの問いに答えながら、キースは誇らしげに胸を張る。

 彼につられるように、カナンは入江の周囲を見回した。


 断崖に囲まれた島の内側は〝すり鉢状〟になっていて、丸い湖のような入江から山に向かって階段状に町が広がっている。

 そこにあるのは四角い家々と点在する緑。

 外側から見た島は、岩と緑の木々という自然の景色しか見えなかったのに、内側はとても人工的に整備されている。その差異ギャップが激し過ぎて、まるで夢を見ているような錯覚を覚えてしまう。


「まるで夢の島みたい」


 呆然とつぶやくと、キースが嬉しそうにカナンの頭をワシワシと撫でた。


「さぁ、上陸するぞ。荷物を持ってついて来い。部屋に荷物を置いたら、島を案内してやるよ」

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