青湖編・大陸争乱
☆男装姫の最後の冒険
序話 青の都の支配者
ビョービョーと吹きすさぶ風が、旅人の外套をはためかせている。
凍てつくような、冬の砂漠。
容赦なく吹きつける風は、砂を巻き上げて視界全体を砂色に変えてしまう。
馬上の旅人はフードを深くかぶっているが、馬にとってもこの風は厄介だ。
「とても旅をする季節じゃないな。ううっ、口の中がジャリジャリする」
「本当ですよ。誰が好き
二人連れの旅人は、不快な顔で馬から降りたトゥランと、丁寧な言葉遣いで
「仕方ないだろ。南部が落ち着いたら、次は当然ここだろ?」
「わかってますよ。だから文句も言わずについて来たんじゃないですか」
「はっ? おまえ、散々文句言ってるじゃないか!」
気の置けない会話を交わしながら都の門を通りぬけ、二人は馬を引いて歩き出す。
蘭夏の中心にある青の都は、砂漠から湖と緑地を守るために、都の建物が湖の周りを取り囲むように建てられている。
さらに砂嵐から都を守るため、日干しレンガの高い壁が都の外周をぐるりと囲んでいる。
都に入ったトゥラン達が選んだのは、四角い日干しレンガの家々の間をめぐる迷路のような細道だ。
門から領主の城までは馬車が通れる広い道も一応あるのだが、迷路のような道を通った方が、実は領主の城まで最短距離で行けたりする。
外周を高い壁で守られているとはいえ、いざという時に敵の侵入を阻むため、町全体がわざと迷路のような造りになっているのだ。
くねくねと曲がりくねった道を行くと、やがて青タイルで飾られた幅広の建物が現れた。
重厚な扉を守る門衛は、蘭夏に駐留する
幅広の建物の扉を進んだ先は中庭になっていて、二人はそこで馬を預け、さらに奥にある煌びやかな金の唐草紋様が浮かんだ扉をくぐった。
「トゥラン様! いつもながら突然のご来訪でございますね!」
大きな声がホールの石壁に反響し、広々とした玄関ホールの奥から、大柄な人物が姿を現した。
その巨躯を見れば、声の主が月紫国駐留軍の将ガォヤンであることはすぐにわかる。
トゥランとヨナは自然と苦笑を浮かべた。
到着したばかりだというのにガォヤンがもう出迎えに来ている。それは、彼がトゥランの来訪を気にかけている証拠だった。
大股で近づいて来たガォヤンは、トゥランの前でいかにも武人らしい礼をする。
白髪交じりの髪に、四角い顔。左の頬を斜めに横切る傷痕は恐ろしく、十年前の戦を知る者なら彼の姿を見ただけで逃げ出すだろう。
頭を上げたガォヤンは、四角い顔にしわを寄せてニヤリと笑った。
「確か、ひと月半ほど前に来訪されたばかりですよね? 南はもうよろしいのですか?」
「ああ、南は順調だ。夏前から掛かりきりだったんだ。落ち着きもするさ。それに、俺は一つ所にばかりいるのは退屈なんだ」
「ほぉ、トゥラン様の
「ガォヤン、野暮なことは聞くな」
「これは失礼。トゥラン様があの内気な姫にご執心なのが、少々意外だったのですよ」
「はっ、何とでも言え。旅の埃を落したら挨拶に伺う。兄君にも同席するように言っておいてくれ。いつもの部屋を使わせてもらうぞ」
トゥランは、ガォヤンの皮肉交じりの軽口をかわし、踵を返した。
「そんなに気を遣わなくても、欲しいなら召し上げてしまえばよろしいのに」
背中にかけられたのは、いかにもこの老将らしい旧蘭夏王家を軽んじる言葉だった。
「俺は将軍とは趣味が違うんでね。権力で思うまま相手をねじ伏せるよりも、手練手管で相手を
肩越しに振り返ってそう言うと、トゥランは慣れた足取りで領主館に設けられた自分専用の客室に向かった。
だから、気づかなかった。
若い主従の背を見送るガォヤンの目が、楽しげに細められたことを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます