第24話 歓迎の宴


 夕刻から始まった歓迎の宴には、南都に住まう若き貴族たちが集まっていた。

 親世代ではなく、トゥランやシオンと同世代の若者たちを集めたのは、ガネスの計らいだろう。


 かしこまらずに交流が出来るようにと、広間のあちこちにテーブルやいすが並べられ、壁際には簡単に食べられる一口サイズの料理や果物、酒類から温かい飲み物が何種類も用意され、好きな時に好きなだけ食べられるようになっている。


 広間の中央では歓迎の踊りが始まった。

 シオン王子とトゥラン皇子を歓迎するため、若き貴族子女たちが輪になって踊り始めた。

 青年たちの灰色のチュニック。その間に入る女の子たちの色とりどりチュニックが、華やかに舞っている。


 輪の中にはアロンとメリナに加え、兄のトールや、アロンたちとよくつるんでいたミリアナもいる。権力者好きな彼女は、踊りながら二人の王子をチラチラと観察しているようだった。


「これは何の踊りだ? 初めて見るな」


 カナンの隣に座るトゥランがそう訊いてきた。腕組みをしながら鑑賞している彼は、それほど興味は無いのかつまらなそうな顔をしている。


「これは、お祭りなんかでよく踊る南部の民族舞踊です。農村でも貴族の集まりでも、若者たちが集まると大抵この踊りが始まります。定番というやつですね。ほら、踊りながら相手が変わっていくでしょ? 昔は出会いを求める踊りだったそうですよ」


 男女交互に手を繋いで輪になり、右へ左へステップを踏みながらくるくると回ったかと思えば、男女が向かい合って踊り、手足を踏み鳴らして男女の位置が入れ替わる。単純だが楽しい円形舞踊ガリヤルドだ。


「なるほど。輪になっていろんな相手と踊る訳か。確かに一種の出会いではあるな」


 フフンとトゥランに鼻で笑われて、カナンはカチンときたが、ここはグッとこらえた。


「カナンも踊れるの?」


 そう訊いたのは、トゥランとは反対側の隣に座るシオンだ。

 カナンは弾かれたようにシオンの方へ向き直ると、大きく頷いた。


「もちろんです。小さい頃から踊ってましたからね。もし良かったら────」


 シオン様も踊ってみますか、と聞こうとした瞬間、「おまえは踊るなよ」と背後からトゥランの声が邪魔をする。

 大人しくしていろという意味だろうか。カナンが問いただそうと振り返ると、トゥランは何食わぬ顔で踊りを見ていた。

 カナンはプッと頬を膨らませてシオンの方へ視線を戻した。


「カナンはこれからも大変そうだね」


 シオンはクスクスと笑いながらそう囁いた。


 歓迎の踊りが終われば後は無礼講だ。

 トールのように一目散で食べ物を取りに行く者もいれば、カナンをダシにしてシオンやトゥランと話したがる者たちもいてカナンは紹介に大忙しだった。

 ようやく挨拶の列が途切れたところで、カナンは〝王子とお近づきになりたい人々〟の集団から抜け出して、軽食コーナーの前に立った。


 何か少しでもいいからお腹に入れたい。そう思って小皿を手に取った時、甘ったるい声に呼びかけられた。


「カナーン!」


 振り返るとミリアナが立っていた。いつも華やかな彼女だが、今日は特に力が入っている。上手にカールされた黒髪が色白の顔を縁取り、金の刺繍の入った赤いチュニックを着ている。

 子供の頃から彼女と親しかったことは一度もないが、カナンが元王女だと知って心変わりをしたのだろう。ニコニコと愛想を振りまいている。


「ずうっと話したいと思ってたのよ。でもカナンは忙しくてなかなか会えないんですもの! やっと会えたと思ったら、月紫国の皇子様と婚約したって聞いて、本当にびっくりしたんだからぁ!」


「だろうね。あたしもびっくりしたもの」


 適当に答えてカナンは軽食に手を伸ばそうとしたが、ミリアナは器用にカナンの視界に入って来る。


「ねぇねぇ、どうやって知り合ったの?」

「え、だから、去年王都で会ったのよ」


 カナンは生まれてこの方、恋バナというものをしたことがない。トゥランが正しくカナンの婚約者だったとしても、ミリアナが望んでいるような話は出来ないし、したくもなかった。


「だからぁー、去年王都でどうやって知り合って婚約まで漕ぎ着けたの? そこのところを知りたいんじゃ────」


「ミリアナ! おまえはあっちへ行ってろ!」


 ミリアナを押しのけて現れたのは、アロンだった。

 未来の領主に凄まれてミリアナは渋々下がって行ったが、カナンにとってはアロンもあまり話したくない相手だ。


「カナン。さっきの話だが……」

「悪いけど、話すことはもうないわ」


 残念だけど軽食は諦めて、トゥランの近くに戻るしかないようだ。カナンが皿をテーブルの上に置いたとき、ガネスの声が広間に響き渡った。


「この場にいる皆さまに、我が孫アロンとメリナの婚約を祝って頂きたい! さぁアロン! そしてメリナもここへ来なさい!」


 広間は騒めきに包まれた。

 アロンがカナンに求婚していたことは、ここにいる誰もが知っている。カナンが別の婚約者を連れて来た今、ガネスが慌てて領主家筋の従兄妹いとこ同士を結婚させようとしていることは誰の目にも明らかだった。


 その騒めきの中から、うつむいたメリナがガネスに歩み寄る。

 アロンはまだカナンの前に立っていたが、広間の中央に立つガネスをじっと睨みつけている。

 肩を縮めたメリナだけが、ガネスの隣に立っている。

 騒めきはいつの間にか消え、広間はシンと静まり返っていた。

 若者たちの目は、中央に立つメリナと、カナンの前から動こうとしないアロンを交互に見つめている。


 その時────カタンと音を立ててシオンが立ち上がった。

 彼はゆっくりとガネスの前まで歩み寄ると、困ったように顔を上げたメリナにフッと笑いかけた。


「ラサ殿。許しもなくこんな事を言う非礼をお許しください。どうか僕に、メリナに求婚する機会を与えてくださいませんか?」


 その場でシオンがゆっくりと腰を折ると、再び広間は騒めきに包まれた。

  

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