第23話 アロン


 テラスに面した光溢れる広間には、シオンとジィンが待っていた。

 カナンが広間の扉をくぐると、暖炉前の長椅子に座っていたシオンが弾かれたように立ち上がった。


「カナン!」

「シオン様! 挨拶に来るのが遅れてすみませんでした!」


 どちらからともなく駆け寄った二人は、再会の抱擁を交わしたあと笑顔で向かい合った。

 双子の兄妹でありながら、二人は育った環境も身分も違う。カナンはシオンと二人きりの時でない限り、彼に対し臣下として接する。

 それは出会って一年以上経った今も変わらない。


「そんなの構わないよ。ナガルから、ちゃんと報告を受けていたからね」


 シオンはカナンに微笑みかけてから、彼女の後ろに立つトゥランに目を向けた。


「お久しぶりですトゥラン皇子。カナンの為にわざわざ来て下さって、ありがとうございます」


「いや。おまえもカナンの為に来たんだろう? 世話の焼ける妹を持つと大変だな。まぁ、元気そうで何よりだ」


 トゥランはシオンの肩をポンと叩いた。

 その後はナガルとジィンも加わり、さらにサウォルとトールをシオンに紹介したりと和やかな挨拶が続いた。

 親し気な王子たちの語らいを遠巻きに見ていたガネスは、孫のアロンをその場に留め、彼らのそばへ歩み寄った。


「すぐにお茶を用意しますので、どうか座っておくつろぎください」


 ガネスの言葉を合図にしたかのように、侍女たちが長椅子の前のテーブルにお茶やお菓子を並べてゆく。

 そんな中、ガネスはカナンに向き直った。


「カナン。少しいいかな?」

「……はい」


 ガネスは、アロンを待たせておいた広間の窓際までカナンを連れて行くと、彼女に向き直った。


「トゥラン皇子と婚約した、というのは本当なのだね? セヴェスが認めたのだね?」


 きっとガネスは確認を取りたいのだろう。

 すべてが真実とは言えないが、カナンは「はい」と頷いた。


「トゥラン皇子から話が来ていたなら、なぜ早く言わなかったのだね?」


「それは……あたしが、トゥラン皇子から求婚されたことを、父に話していなかったせいです。揶揄からかわれているのかと思って……本気にしてなかったんです。彼の来訪でそのことを知った父は、その、とても驚いてましたが、許してくれました」


 心臓がバクバクした。

 まったくの嘘ではないが、真実でもない。どちらかと言えば嘘をついているような心持ちだ。


「嘘だ!」


 今まで沈黙を守っていたアロンが突然口を開いたので、カナンはビクッと肩を震わせた。


「おまえは騙されてるんだ! 月紫国の皇子と言っても、あいつは二十七番目の皇子だぞ! その地位はもはや臣下と変わらない! おまえは皇子の妃になれると思っているのかも知れないが、それは無理だ! それとも、月紫国の皇子だから断れないのか? そうなんだろ? 正直に話せ! そうすれば、私だっておまえを守ることができる!」


「……へ?」


 熱い持論を展開していたアロンがようやく口を閉じた時、カナンは思わずポカンとしてしまった。


「べつに、騙されてないわ。そもそもあたしは妃とやらにはなりたくないし、トゥラン皇子はあたしの意思を尊重してくれるわ。嫌になったらいつでも婚約を解消してくれるって、約束してくれたもの。正直言って、あんたの求婚の方が迷惑だったわ。大体、あたしたちが仲良かった事なんて今まであった? なかったよね?」


 幼年時代から二人はこの南都の学校で顔を合わせていたが、アロンとは事あるごとに対立し、誰から見ても犬猿の仲だったはずだ。


「確かに、おまえと話しているといつも喧嘩になったが、私は別に嫌ではなかった。だからおまえもそうなのだと……」

「普通に嫌だったけど?」

「うっ……まさか、おまえ、本当に、私と結婚するのが嫌なのか?」

「もちろんよ。だから逃げ回ってたんじゃない」

「恥ずかしがっていた、から、では……ないのか?」

「どうしてそういう考えになるのよ!」


 ブルッと肩を震わせてカナンが一歩下がった瞬間、アロンがカナンの手首をつかんだ。


「そうか! あいつがいるから本当のことが言えないんだな? 外で話そう!」

「ハッ……アロン、やめなさい!」


 カナンが言い返そうとした時、急に慌てだしたガネスがアロンの肩をつかんで止めに入ってくれた。────が、アロンがカナンの手を放すよりも早く、トゥランがアロンの手をつかんでいた。


「この国では、他人の婚約者に勝手に触れてもいいのか?」


 じつに不愉快そうな声だった。

 トゥランのもう一方の手はカナンの腰をしっかりと抱いていて、カナンはまたしても赤面してしまった。


 以前はトゥランに揶揄からかわれているだけだと思い込んでいたカナンも、この南都へ来てからのトゥランを見ているうちに、もしかしたら本当に彼は自分のことを好きなのかも知れない、と思うようになっていた。

 例えそれが、子供っぽいただの独占欲だとしても、そこには何かしらの気持ちがあるのではないだろうか。


「も、申し訳ありません! この二人は幼い頃から同じ学舎で学んだ者同士です。学生気分が抜けていないのですよ」


 ガネスが苦笑を浮かべながら言い訳をする。


「アロンには良く言い聞かせておきます。もともと彼には、従妹のメリナと婚約する話も出ておりました。今後そういう事になるでしょう」

「メリナが?」


 カナンは驚いて目を瞠った。

 年下のメリナとはあまり接点はなかったが、とても大人しくて可愛らしい女の子だった。それに、確かアロンは彼女をよく苛めていたはずだ。


(そんなの、メリナが可哀そう)


「あんたにはミリアナの方がお似合いなんじゃない? よくつるんでたじゃない?」


 思わずそんなことを言ってしまったが、アロンは口を噤んだまま答えない。


「さ、さぁ、今夜はシオン様とトゥラン様の歓迎の宴を催しますから、どうかそれまでくつろいでお待ちください!」


 ガネスはそう言うと、アロンを引きずるようにして広間から出て行った。

  

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