第16話 早朝の庭で
結局カナンは、二晩続けて眠れない夜を過ごすことになった。
腹立たしいことに、どちらもトゥランが原因だ。
おとといの晩は遠くにいるトゥランを心配し、昨晩は突然現れたトゥランのせいで、心拍が収まらなかった。
一番安心できる
少しウトウトしただけで今朝も早くに目が覚めてしまったカナンは、外が明るくなるのを待って庭に出た。
朝の冷え込んだ空気を吸うと、昨夜からモヤモヤしていた頭が少しだけスッキリしてきた。
まだ薄青い早朝の庭を、カナンはゆっくりと見回した。
シン家の前庭は、庭と言うよりは〝品の良い果樹園〟だ。門から玄関へと続く道の両側に、もう少しで収穫時期を迎えるオレンジの木々が並んでいる。
カナンは、オレンジの木々に囲まれた小道を歩きながら東の空を見上げた。朝日を浴びた地平線には、金色に輝くに雲が浮いている。
もう少ししたら青空にかわるだろう。
「今日も晴れそうね」
カナンの口からもれ出た吐息は、白くなって空へと消えてゆく。
「さむっ……」
一日のうちで一番冷え込むこの時間。カナンは外套の上に羽織ってきた肩掛けを、胸の前でギュッとかき合わせた。
「────あれぇ、そこにいるのはカナン? ずいぶん早いじゃないか!」
「えっ……キース?」
声の方へ振り返ると、玄関へ続く道にキースが立っていた。玄関から出てきたというよりも、外から入って来たように見えるのは気のせいだろうか。
「キースこそ。どこかへ行ってたの?」
「ああ。せっかくお呼ばれしたんだけど、昨日は船に泊ったんだ。初めは荷物を取りに行くつもりだったんだけど、戻るのが面倒臭くなってしまってさ。で、今日の朝飯からまた仲間に入れてもらおうかと思ってね」
キースは朗らかに笑いながらオレンジの林に分け入ってくる。そしてカナンの前で立ち止まると、腰に手を当ててカナンを見下ろした。
「それで? 俺の妹分が眠れなかったのは、あの皇子様のせいかい?」
「えっと……まぁ、そういう事になるのかな? トゥラン皇子が現れたせいで、アロンのことは吹っ飛んじゃったもん」
カナンは肩をすくめて苦笑した。
キースに促されて、カナンは庭のベンチに腰掛けた。キースは遠慮したのか、ベンチの向かいにあるオレンジの木にもたれ、ゆったりと腕を組んで立っている。
「それにしても驚いたよ。まさかカナンが
「でしょ? あたしもびっくりしたもの」
「シオン王子の代役で、彼と出会ったって?」
「そ。人生何が起こるかわからないわよね」
カナンは真剣に言ったのに、キースにクスクスと笑われてしまった。
「カナンから見て、トゥラン皇子はどんな人だい? 俺が知っているのは〝皇帝の代理人〟って呼び名だけだから、ちょっと興味があるな」
「どんな人って……まぁ、とても強気な人よね。きっと自分に自信があるのよ。あたしから見たら、ただのオレ様皇子様だけどね」
カナンがツーンとそっぽを向くと、キースはまた笑った。
「彼が好き?」
「まさか!」
カナンは即座に否定した。が、少しして、はぁーっと疲れたようにため息を漏らした。
「…………本当は、よくわからないの。初めて会った時の彼は
「仇?」
いつの間にか、キースはオレンジの木から離れて、カナンの座るベンチの前に立っていた。
答えて良いものか迷いながら、カナンはキースを見上げた。いつもは麦わら色のキースの髪が、朝日を浴びて金色に輝いている。
彼は異国人だ。トゥランの情報を軽々しく口にすれば、どこからか漏れて取り返しのつかない事にもなりかねない。
「詳しいことは知らないの。ただ、月紫国の後宮は恐ろしい所だって話は聞いた」
「ふーん」
カナンが首を振って否定したからか、キースはやや不満げな相槌を返した。
「けど、本当に月紫国は恐ろしい所だったわ。自分の目で見て実感したもの。皇帝も皇后も恐ろしい人だったし、一歩間違えたらあたしも殺されてたかも知れない。月紫国へ行く前から不安だったけど、改めて、水龍国もいずれ属領にされてしまうんじゃないかって思った」
カナンがそう言うと、キースは目を瞠った。
「カナンは、月紫国へ行ってきたのか?」
「うん。夏に行ってきたばかりよ」
「へぇ……凄いな。……そうか。それじゃ、やっぱりカナンに頼もうかな。同じ、月紫国に怯える国同士として────トゥラン皇子から、この先の月紫国の動きを聞き出してくれないか?」
「へ?」
驚いて目を瞠るカナンの隣に、キースは静かに腰かけた。
「俺の故郷は、月紫国の東領、
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