第14話 シオンとアロン


「────きみが、アロン・スレスタ?」


 部屋に入ってきた人物を見て、シオンは小首を傾げた。

 領主館での晩餐のあと、シオンは居間の長椅子でくつろいでいた。そんな彼の元へやって来たのが、アロンだった。

 もちろん、突然の来訪ではない。シオンの方から彼に会いたいと、ガネスに頼んでおいたのだ。



 この日の午後、シオンはメリナと一緒にガネスの執務室を訪れた。自分の気持ちを祖父に伝えると決心したメリナに、シオンが付き添って行ったのだ。

 メリナは、ガネスの前で緊張しながらも、必死に言葉を紡いだ。


『お爺様……私は、アロン従兄にいさまと結婚したくありません。アロンは小さい頃から意地悪で、私はずっと虐められていました。大切な物を取り上げられたり、壊されたり……私が止めてと言っても、一度だって聞いてくれたことはありませんでした。

 今までは、こんな告げ口みたいなことをしたら、後でアロンに苛められるんじゃないかと、怖くて言えませんでした。でも……私が東屋で泣いていたら、シオン様が仰って下さったのです。お爺様は私とアロンの関係を知らないのかも知れないと。

 ……だから、勇気を出してここへ来ました。お爺様、どうか、私をアロンと結婚させないでください!』


 両手を揉み絞り、必死に自分の気持ちを打ち明けるメリナは、とても健気だった。

 彼女を見ていると、不思議なほど〝守ってあげなくちゃ〟という気持ちが生まれてくる。こんな気持ちは初めてで、シオンは自分の心に戸惑うばかりだ。


 さすがのガネスもメリナの告白には驚いたようだったが、それでも、いずれは自分の後継者────次期領主である息子に、このまま男子が生まれなければ────となるかも知れないアロンには甘いのだろう。明確な返事はしてくれなかった。


『ラサ殿。僕はカナンの意思なき結婚に反対しています。メリナからアロンのことを聞いて、その思いは更に強くなりました。どうか、僕にアロンと話をさせてくれませんか?』


 そうガネスに頼んだ数時間後、シオンの願いは、彼の訪問によって叶えられたのだった。



 王都人と変わらぬ色白の肌をした青年アロンは、居間の扉の前に立ったままシオンを見下ろしている。シオンが彼を観察しているように、彼もシオンを観察しているのだろう。


 シオンが手にしていたカップをテーブルに戻したタイミングで、アロンが口を開いた。


「……私がアロン・スレスタです。私に何か、お話があるとか?」


 アロンは臆するどころか不快な表情を浮かべた。眉間に皺を寄せ、シオンを馬鹿にしたように見下ろしている。


「そう。きみと話がしたくて、ガネスに頼んでおいたんだ。掛けてくれ」


 促されるままアロンが座ると、侍女が素早くお茶を出して下がっていった。


「で、話とは何なのです? 私はこれでも忙しい。手短にしてくれませんか?」


 アロンは長い前髪をサッと搔き上げながら、ゆったりと足を組む。王子の前にしては不敬な態度だ。これには温厚なシオンも少々カチンときた。


「そうだね。僕も出来るならそうしたい。だから単刀直入に聞くけど、きみはどうしてカナンに求婚したの? まさか愛してるなんて言わないよね? 王家とのつながりが欲しいのかい?」


 シオンの問いかけに、アロンは一瞬グッと言葉を詰まらせたが、そのあと鼻で笑った。


「まさか! 王家に捨てられたカナンに、王家との繋がりを期待するほど私は馬鹿じゃない。私が彼女に求婚したのは、彼女を憐れんでのことだ。だってそうだろ? 仮にも王女だった娘となれば、私くらい上位の貴族でなければ釣り合いが取れない。私が求婚しなければ、彼女は一生嫁の貰い手がなくなるじゃないか!」


「でも、カナンには求婚者がたくさんいるって聞いているけど?」


「それは、シン家が頼んでやらせたことだ。求婚されて断ったという形を作りたいんだ」


「……その辺の事情は僕にはわからないけど、カナンはきみとの結婚が嫌で逃げ出したそうじゃないか?」


「っく……あのじゃじゃ馬は、自分の立場がよくわかってないんだ!」


 一気に怒りを露わにしたアロンは、肩で息をするほど激昂している。

 それを見て、シオンは満足そうに笑みを浮かべた。


「確かにカナンはじゃじゃ馬だね。ところで話は変わるけど、きみはこれからの水龍国スールンをどう思う? いずれは、きみが南部の領主になると聞いたんだ。だから、きみの考えを聞かせてくれないか?」


「は? これからの……水龍国?」


 急激な話題の転換について行けず、アロンは目をまたたいた。


「知っての通り、わが水龍国は、いつ月紫国ユンシィの属領にされてもおかしくない状況に置かれているよね? カナンを王都へ呼び寄せなくてはならなくなったのも、〝皇帝の代理人〟とささやかれるトゥラン皇子の来訪が原因だ。その事はもちろん知っているよね? あの頃の僕は本当に病弱で、カナンが来てくれなかったら、きっと今も王子宮の外へは出られないままだったろうね」


 シオンは自嘲的な笑みを浮かべながらアロンに目を向けた。


「月紫国はここ数十年の間に、周辺諸国のすべてを属領にした。この大陸で何とか独立を保っているのは、わが国と西のトルアン王国だけで、月紫国の皇帝が次に狙っているのは、この水龍国だよ。そのために、王位継承第一位となったコウン王子が、人質として留学させられることになったのだからね」


「……人……質?」


 何も知らなかったのだろう。アロンは目も口もぽかんと開けて、何とか言葉をつぶやいたが、シオンの問いには答えられなかった。


「父は、何としても独立を保ちたいと思ってる。そのためなら、コウン王子を見捨てる覚悟もしていると思うよ。ねぇアロン、きみはどう思う? 争うことなく月紫国の属国となるか、戦になってもこのまま独立を保ち続けるか……」


「そ、そんなことは、かっ、簡単に答えが出せるものではないだろう!」


「もちろんだよ。僕はいつも考えてる。どうすれば水龍国を守れるのか。きみは考えたことがないの? やはり、国を出たことがないと、実感が湧かないのかな? 月紫国の皇帝は恐ろしい人だよ。僕もカナンも、もう少しで殺される所だったんだ。トゥラン皇子が助けてくれなかったら、今ごろ天に召されていただろうね」


 アロンの反論をやんわりと受け止め、月紫国皇帝という更なる脅威を仄めかす。

 この意地悪なやり取りが、シオンはだんだんと楽しくなっていた。


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