第13話 シン家の客人
その夜。シン家の食卓は、普段とは違う緊張感に包まれていた。
いかにも家庭的な六人掛けのテーブルは、急きょ客人用に正方形のテーブルをつけ足して、八人掛けの細長いテーブルになっていた。
テーブルの両端にはシン夫妻が分かれて座り、父セヴェスの右側にトゥランとカナンとトールが座り、左側に長兄ナガルと次兄サウォル。そして、何故かキースもこの晩餐に参加していた。
あの後、港にやって来たナガルたちと再会を果たしたことで、キースもトゥランたちと一緒にシン家へ招かれたのだ。
ちなみに、ヨナは晩餐の席にはつかず、トゥラン後ろに立って毒見役をしている。
彼は「一応念のためです」と断っていたが、さすがに食事を運んでくる使用人たちは落ち着かないらしく、皆そわそわしている。
シン家の家長であるセヴェスは、晩餐が始まってから黙々と食事を進めている。
玄関先でトゥランを出迎えた時はしっかりと挨拶をしたものの、食卓を囲んでからは難しい顔をして押し黙っている。
恐らく、挨拶の時にトゥランが口にした言葉を熟考しているのだろう。
『────予告なく訪問したことをお詫びする。カナンに強力な求婚者が現れたと聞いてね。予定を早めて来てしまったんだ。滞在を許していただけるだろうか?』
トゥランははじめ、シン家の家長であるセヴェスに丁寧に己の身分と名を名乗ったが、その後、苦笑を浮かべてそう付け足した。
当然ながら、
「……トゥラン殿下。殿下は……カナンの話を、どこでお聞きになられたのですか?」
食事をあらかた終えたところで、セヴェスは単刀直入にきりだした。
対するトゥランは、ふっと吐息を漏らして笑みを浮かべ、
「それは答えないでおくよ」
と、やんわり受け流す。
「……では、殿下は、カナンの結婚話をどうなさるおつもりですか?」
質問を変えて、セヴェスは食い下がる。情報が筒抜けなのも問題だが、娘の幸せを願う父親としては、トゥランの存在も心配の種だった。
それがわかったのか、トゥランも食事を終えてナプキンで口元を拭うと、改めてセヴェスに向き直った。
「もちろん、カナンの結婚話は壊させてもらうよ。ああ、でも心配しないで欲しい。俺がカナンに求婚するのはまだ先だし、無理強いするつもりはないからね。……ただ、アロンとの話はカナンも嫌がっているみたいだし、かりそめの婚約者として俺の名前を出しても良いだろうか?」
「それは……もちろん。カナンの意思を尊重してくださるなら」
トゥランの真意を探るように鋭い目を向けながら、セヴェスは承諾の言葉を口にした。
「では、この件は俺に任せてくれ。それと、ここの領主がカナンを呼びつけるようなことがあったら、ぜひとも受けてくれ。婚約者の俺がついて行ってはっきりと断ってくるよ。……ところで、御父君とナガルはそっくりだね」
トゥランはセヴェスからナガルに視線を移した。
セヴェスが答えないのを確認して、ナガルがゆっくりと頷く。
「よく、言われます」
「ふうん。カナンがナガルにベッタリなのは、おまえが御父君に似ているからか?」
「そうかも知れませんね」
ナガルが口端を歪めて笑ったのを見て、今まで必死に沈黙を守っていたカナンはとうとう我慢の限界に達してしまった。
「あたし、父さまとナガル兄さまが似てるなんて、思った事ありませんけど?」
父とトゥランの会話に口を挟めなかった
「それから、アロンを撃退してくれるのは感謝するけど、恩に着たりはしませんから! ごちそうさま!」
カナンは、いささか乱暴に夕食の席から離脱した。
速足で自室に向かうカナンは、両の拳を握りしめ肩を怒らせている。その猛々しい姿に反して、顔は真っ赤に染まっている。
(あの人……いったい何なの? いきなり来たかと思えば、かりそめの婚約者ですって? 俺が求婚するのはまだ先って……何て話をするのよ! みんなの前で!)
自分を置き去りに進んでいく話に、カナンは食事どころではなくなっていた。実際、セヴェスとトゥランが会話を始めてからは何も喉を通らなくなって、半分以上残してしまった。
それなのに、トゥランの横で赤くなったり青くなったりしているカナンに、誰一人気づかないのだ。
(無理強いするつもりはないって、あったりまえじゃない!)
ようやく自室に戻り、後ろ手にパタンとドアを閉めた後、カナンは一旦息を吐いた。そしてスーッと大きく息を吸うと、一気に吐き出した。
「あンのっ、自己中男っ!」
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