第11話 南都の港


 遥か北にある天白山脈から流れ出た川は、水龍国スールンの王都近くを通って、ここ南部の港で海へと流れ出る。

 大河の河口でもある南部の港は、円を描くように突き出した二つの岬に守られた大きな湾だ。


「────なかなか立派な港じゃないか」


 船から桟橋へと降り立った若者が、感嘆まじりにつぶやいた。

 彼は冷たい海風をさえぎる分厚い灰色の外套で体を覆っていたが、目深にかぶったフードを少しだけ上げて、湾に沿って建ち並ぶ建物を見渡していた。

 船乗りたちで賑わう店や宿屋。たくさんの荷を出し入れする倉庫街も、じつに活気に満ちている。


「水龍国の港と言えば、この南都なんとしかありませんからね。他はみな川の港です」


 同じようなフード付きの外套を身に纏ったもう一人の若者が、淡々と言葉を返す。


「まぁ、小さな国だしな。船の上から見る限り、海岸線は崖や浜辺ばかりだ。あれじゃ港を作ろうと思っても適当な場所は……なっ……」


 海岸線について辛辣な意見を語っていた若者が、急に言葉を途切れさせた。

 彼の目は、こちらに向かって走ってくる二人の少年にくぎ付けになっている。正確に言えば、少し小柄で帽子を被った少年を見つめたまま固まっている。

 物凄い勢いで走り来る少年たちは、桟橋の中ほどに立つ若者たちの脇を、あっという間にすり抜けて行った。


 彼らが巻き起こした風に、若者がかぶっていた外套のフードがふわりと後ろへ流れ、若者の呆然とした顔が露わになった。


「どうかしたんですか、トゥラン様?」

「気づかなかったのか? いま俺たちの横を通ったガキ、カナンだった」

「えっ……」


 ヨナは慌てて振り返り、少年たちが走り去った方へ目を向けたが、すでに二人の姿は見えなくなっていた。

 桟橋の両側にはたくさんの船が停泊しているので、どの船に乗り込んだのかわからない。


「……ぜんぜん気づきませんでした。本当に、見間違いではないのですか?」

「間違いない。俺がカナンを見間違うと思うのか?」

「いえ……でもカナン様は、あなたに全く気づきませんでしたね」


 ヨナに辛辣な言葉を返されたトゥランは、フンと鼻を鳴らして、背中に落ちたフードを被り直し、浮かんだ仏頂面を隠した。

 その時、港の中心から騒めきが聞こえてきた。

 誰かが大きな声で叫んでいる。


「────この港に居るのはわかってる。探せ! 船の中も全部だ!」


 まだ若そうな男の声を合図に、兵士らしき男たちがあちらこちらへと散ってゆく。

 トゥランとヨナのいる桟橋にも数人の兵士が駆け込んで来て、桟橋の両脇に停泊している船の中をあらためている。


「もしや、カナン様を探している? とすると、例の……アロンの手の者でしょうか?」

「だろうな」


 トゥランは声のした方を眺めながら頷いた。どうやら動くつもりは無いらしい。


「カナン様を、助けなくて良いのですか?」

「ああ。少し様子を見ようじゃないか」


 心配そうな視線を送るヨナとは対照的に、トゥランは明らかにこの状況を面白がっている。


「どうせ助けるなら、危機的状況に陥った時に助けた方が効果的だろ?」


 ニヤリと笑ってとんでもない事を言うトゥランに、ヨナはハァーと嘆息した。



 トゥランは降りたばかりの船に戻ると、船員から遠眼鏡を借りて見張り台の上に立った。ここからなら、桟橋の一番先に停泊している船の甲板まで見える。


(見える見える。有象無象うぞうむぞうどもが探し回ってやがる)


 すっかり傍観者を決め込んだトゥランは、カナンが兵士たちに見つかって引き出されてくる瞬間を待った。

 ────が、しばらく経ってもそれらしき騒ぎは起こらない。


「おやおや、どうやらカナン様は、上手く隠れたみたいですね」


 同じく見張り台に上って来たヨナが、船検ふなあらためを終えてすごすごと引き換えしていく兵士たちを見てクスリと笑う。


「思っていた展開にならなくて残念でしたね」

「ヨナ……おまえ面白がってるだろ?」


 しれっとしたヨナの顔を、トゥランは思い切り睨みつけた。


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