第9話 岬の岩場で


「ナガル兄さま。話したいことがあるの。二人だけで」


 釣りの準備に忙しいトールとサウォルの目を盗んで、カナンはナガルの耳元にコソコソと囁いた。


「二人に聞かれたらマズい話なのか?」

 ナガルは訝しげな顔で首をひねる。


「うん……サラーナさんたちの話なの」

「わかった。あいつらが釣りをはじめたら話そう」


 王都や北の地域に比べれば、南部の冬は暖かい。だからと言って冬の海風が冷たくない訳ではないが、この日は風も波も穏やかな絶好の釣り日和だった。

 竿を振るうサウォルとトールの後ろ姿を眺めながら、カナンとナガルは洞窟を背に、岩の上に並んで座っていた。


「────サラーナとゾリグが、おまえに会いに来たのか?」


「そう。もう十日ほど前になるかしら。ゾリグさんは片足を失ってて義足だったけど、とても背が高くてがっしりした人だった。雰囲気がちょっと兄さまに似てたわ」


 カナンは二人の姿を思い出し、微笑みを浮かべた。


「それで、彼らはおまえに何を言ったんだ?」


「ゾリグさんは、あたしがサラーナさんの行動を止めたことを、とても感謝してくれた。例の首飾りの件もね。二人はもともと、用心のために遠回りして風草ファンユンに帰るつもりだったんだって。それで、水龍国はちょうど通り道だから寄ってくれたみたい。

 無事に祖国へ戻れたら、秘密裏に独立運動の仲間を集めて、トゥラン皇子たちと交わした約束を実行するって言ってた。約束の内容は教えてくれなかったけど、彼らが動き出した時に、出来れば、水龍国には風草を独立国として承認して欲しいって」


「なるほど……気持ちはわかるが、シオン様が国王にでもならない限り、難しいだろうな」


 眉間に深い皺を刻むナガルに、カナンも頷いた。


「うん、あたしもそう思う」

「他には何か言っていたか?」


「南の南雷ナーレイ自治区から、隣の西璃シーリー自治区を通ってきたんだって。トゥラン皇子は、ユーラン様ご夫妻に西璃を任せるつもりらしいって言ってたわ。サラーナさんたちが話してくれたのは、これで全部よ」


「わかった。俺からシオン様に話しておく」


 ナガルはしっかりと頷いてから、トールの帽子を被ったカナンの頭に手を乗せた。


「その格好をしていると、おまえがシオン様の代役をつとめていた頃を思い出すな」

「そう? 男の子に見えるといいけど」


 カナンえへへと笑った。


「やったぁ! 釣り上げたぞ!」


 大きな声に振り向くと、トールが竿を振り上げて大きな銀色の魚を釣り上げたところだった。

 一抱えもある大物をサウォルと二人がかりで釣り針から外し、ビチビチと跳ねる魚をトールが両手でかかげた────時だった。


「トール! トール! アロンが来るぞ! ピートが奴らに捕まって、カナンの居場所を吐かされたんだ!」


 突然、岩場の上から声が降ってきた。

 崖の上を振り仰ぐと、岬の突端から二人の青年が身を乗り出していた。


「何だって、ピートが?」


 叫んだトールは、弾かれたようにナガルを見る。


「どうする、ナガル兄?」


「まずいな。馬屋を見られたら馬が四頭いるのがバレる。洞窟に隠れても探されたら終わりだ。……おい、おまえたち、歩いて来たのか?」


 ナガルが崖の上に問いかけると、二人はぶんぶんと大げさに頷いた。


「はい。俺たち走って来ました!」


「なら、おまえら二人はここで釣りをしてろ。俺とサウォルでアロンを待って話をする。時間を稼ぐから、カナンとトールはすぐにここから離れろ!」


「わかった! 行こうカナン!」


 振り向きざまにトールが手を差し出す。

 カナンはその手をしっかりと握り、二人は岬の岩場から浜辺に続くデコボコの細道を駆け下りて行った。

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