第8話 四兄妹


「起きろっ! この寝坊助ども!」


 静寂を破るような声がした。

 長椅子の上で寝ていたカナンは、大きな声に驚いてビクッとした途端、盛大に頬をつねられた。


「痛たたたたっ」


 今度こそパッチリと目を開けたカナンは、目の前に長兄ナガルの笑顔を見つけて飛び起きた。


「ナガル兄さま、来てくれたのね!」


 そう叫んで、ナガルの広い胸に飛び込む。

 ナガルは大きな手でカナンの寝ぐせ頭をクシャクシャッとかき回してから、ぎゅっと抱きしめてくれた。


「おまえが泣き言を言うなんて一大事だ。とても放っては置けないだろ?」


 頭の上から降ってくる声はとても優しい。


「よかった。兄さまが来てくれて、何かホッとした!」


 長兄の精悍な顔を見上げて、カナンはヘニャリと笑った。

 まだ寝ていたトールが、サウォルに耳を引っ張られて「痛てて」と呻いているのが肩越しに見える。


「サウォル兄さまも来てくれたのね。うちは今どうなってる? 父さまは怒ってた?」

「怒ってはいないさ。ただ、心配はしていたな。父上は、自分がはっきりと断れないせいでカナンに辛い思いをさせている、と嘆いておられた」

「そんな……父さまのせいじゃないのに」


 カナンが口をへの字に曲げると、ナガルは笑いながら頭をポンポンと優しく叩いた。


「とりあえず朝飯にしよう。うちの台所からいろいろと持ってきてやったぞ」

「さっすがナガル兄!」


 朝飯という言葉にいち早く反応したトールは、「おまえは本当に食い物のことばかりだな」とサウォルに頭を小突かれていた。



 カナンとトールが冷たい地下水で顔を洗っているうちに、ナガルとサウォルが朝食の支度をしてくれた。

 家から持って来たパンに焙ったチーズと燻製肉をのせたものに、ゆで卵と果物も添えられている。薪ストーブで沸かしたお湯で温かいお茶を淹れて、四兄妹は久しぶりに秘密基地のテーブルを囲んだ。


「────ええっ、うそ! それじゃ、シオン様も来てるの?」


「ああ。おまえのことが心配で、どうしてもついて行くと仰って聞かなかった。昨夜からジィン様や部下たちと共に領主館に滞在されている」


「そんな……それじゃ、あたしも、領主様のお城へ行った方がいいかしら?」


「いや、まだいい。おまえが家出したことは、昨夜のうちにジィン様に報告してある。しばらくの間、おまえは隠れていた方がいいだろう」


 ナガルはそう言ってから、トールの方へ顔を向けた。


「今回ばかりはおまえのお手柄だ、トール。領主様は父上の答えを待たずに、カナンから直接答えを引き出すつもりだったようだ。領主様と一対一で、俺たち家族を盾に脅されたら、いくらカナンでも首を縦に振っていたかも知れない」


「やっぱそうだったんだ! 俺もなんか、あの使者を見た時、嫌な感じがしたんだよ!」


 トールはナガルに褒められてうれしそうだが、カナンは背筋がぞくりとした。

 確かに有効な手段だ。自分のせいで家族が嫌な目に合うくらいなら、アロンとの結婚話を受け入れていたかも知れない。


「まぁ、おまえが連れて行かれていたとしても、シオン様が止めてくれただろうがな」


 ナガルがニヤリと笑って、憂い顔のカナンに手を伸ばす。

 カナンはため息交じりに笑顔を浮かべた。


「あたしは幸せ者ね。こんな風に、みんなが助けに来てくれるなんて。まさかシオン様まで来てくれるとは思ってもみなかったわ」


 そう言って、カナンは肩をすくめた。

 みんなが助けに来てくれたのはとても嬉しいけれど、彼らにとんだ迷惑をかけていることが申し訳なくて仕方がない。


「彼だっておまえの兄だ。思う気持ちは俺たちと同じだ」

「でも……」


「しばらくは、シオン様に領主様の相手を頼もう。領主様だってシオン様の目を盗んでまで、結婚話を進めたりしないだろう。その間に俺たちが断ってやる。心配するな」


「うん、ありがと兄さま」


 まだもやもやした気分は燻っていたけれど、カナンは頷いた。


「兄貴たちはこれからどうするの? カナンを探してるフリをしてるんだろ? ちょっとくらいゆっくりする時間あるんだろ?」


「ああ。そんなにすぐ戻るつもりはない」

「よかった。なら、久々に四人で釣りしようぜ!」


 トールのお気楽な提案でその場は和んだが、彼はまたしてもサウォルに小突かれていた。

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