第6話 トールの想い
ナガルの心配を
薪ストーブで干し肉を炙り、パンに乗せてかぶりつく。
秘密基地の地下室にも瓶に詰めた野菜や果物などの保存食が備蓄してあるので、それなりに味の変化も楽しめる。
「明日は釣りをしようぜ! 地下洞窟前の岩場なら周りから見えないし、大丈夫だよ!」
トールの言う通り、秘密基地のある岬の下は岩場になっていて、地下水が流れ出る洞窟の入口は、海側からしか見えない。
「釣りかぁ。海が荒れてなかったらね。でも明日あたり、サウォル兄さまが来るんじゃないかしら?」
「ああ、そうだな。俺らがここに居ることはきっとバレてる。でもサウォル
こんな時でもトールの関心事は、いつも通り食べ物のことばかりだ。
些細なことだが、そんなちょっとした事にカナンはホッとする。
食事が終わると、二人は薪ストーブの側まで二脚の長椅子を引きずって来て、寝床の用意をはじめた。用心のために地下室への扉は開けたまま、いつでも飛び込めるようにしてあるが、そんなことが起こる予感は全くしない。
カナンは長椅子の上で毛布にくるまり、薪ストーブの炎をぼんやり眺めながら、遠い記憶を探った。
「────ねぇ、秘密基地に泊まるのって久しぶりよね? いつぶりだろう?」
「俺は久しぶりでもないけど……そうだな。カナンがここに泊まったのは、最初に王都へ行った年よりけっこう前だったから……三、四年くらい前かな?」
「あたしが十二歳くらいの時かな?」
「たぶん、それくらいだな。夏にナガル兄とサウォル兄と四人で泊まった時だろ?」
「そうそう! 楽しかったよね!」
朝からみんなで釣りをして、飽きたら海で泳いで。四人で日が暮れるまで遊んでも、家に帰る必要はない。何日泊まったのかは忘れてしまったけれど、自由で大切な時間だった。
確か、夕方から雨が降り出して、一晩中雷が鳴り止まなかった夜があった。カナンは雷鳴が怖くて怖くて、ナガルの寝床に潜り込んで、眠るまで兄にしがみついていた。
「懐かしいなぁ」
「ああ……そうだな。おまえが王都に行ってから、何もかもが変わったよな。おまえが本当の妹じゃないなんて、俺は考えたこともなかった……」
「トール……」
「だから、王都からおまえが戻って来たとき、すごく嬉しかった。これで今まで通り。何も変わらない。そう思って安心したんだ。……けど、やっぱり違った。ナガル兄は王都へ戻っちまうし、サウォル兄は父上について領主の仕事を始めた。カナンは大量の縁談を断るのに忙しくなって……やっと落ち着いたと思えばまた王都へ呼ばれて、
鼻をすするようなトールの声に、カナンはもぞもぞと寝床から起き上がった。
隣の長椅子で膝を抱えていたトールは、泣いているように見えたが、カナンの方へ振り向いたその顔に涙はなかった。
「トール兄さまも、変わりたいの?」
「わからない。俺は……この一、二年で世界が変わるまで、みんなも変わらず生きていくんだって、信じて疑わなかった。でも今は、俺も変わらなきゃいけないのかもって思ってる。サウォル兄の手伝いをしてこの先も生きていくか、それとも、ナガル兄を頼って王都に仕官するか……」
「王都に? そんなこと考えてたの?」
「考えてたって言うか、俺に考えつく未来は、その二つしかなかったんだ。でもおまえはきっと、いつか南部を出て行くんだよな? 俺が知らない間に、おまえには異国の知り合いが出来てるし、そのうち月紫国の皇子が来るって話も聞いた。そいつはおまえに惚れてるから、もしかしたら連れて行かれてしまうかも知れないって、サウォル兄が言ってた」
「はぁ? 違うよ、それは誤解だって! 月紫国でトゥラン皇子が助けてくれなかったら、
カナンが必死に言い訳をすると、トールは呆れたようにポカンと口を開けた。
「おまえ……言葉じゃないお礼って言われたら、男女の場合は普通、キスが欲しいって意味じゃねぇの?」
「ええっ? 何でそうなるの? キスって……そんなの無理でしょ? そんな遠回しに言われてもわかる訳ないじゃない!」
「は? ってか、逆に何でわかんないの? 相手はおまえに惚れてる男なんだろ? いくらなんでも鈍感すぎるだろ?」
「へぇ、トール兄さまならわかるの? 異国の王女様から「言葉じゃないお礼が欲しい」って言われたら、あんたキスできんの?」
「もちろん出来るさ!」
「本当に? 王女様が、キスじゃなくて、本当に別のお礼を欲しがってるかも知れないとは思わないの?」
「思わないね! 俺にはわかる。他の誰に聞いたって、俺と同じことを言うだろう。おまえが飛びぬけて鈍感なだけだ!」
「何ですって!」
カナンが長椅子の上に立ち上がると、トールも負けじと立ち上がった。
しんみりとした思い出話は、いつの間にか兄妹喧嘩へと変わっていた。
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