第2話 終幕のその先へ


「おい、出迎えに出てろってさ」


 クオンが細長い紙切れを手にゾリグの小屋にやって来たのは、若造が皇都へ去ってから随分と経った初秋のことだった。


「出迎え? 誰か来るのか?」


 クオンが手にしている細長い紙切れは、鳥便で受け取ったものだろう。もしやあの若造が来るのだろうかと、ゾリグは椅子から立ち上がった。

 義足もほどよく馴染み、短い距離なら杖なしでも歩けるようになっていた。


「何か、おまえに客が来るらしいぞ」

「俺に?」


 ゾリグは眉をひそめた。

 自分の身分はおろか、名前すら教えていないのに、客とは────。


(まさか……サラーナか? あの珠を見てもしや……いや、まさかそんな)


 馬鹿馬鹿しいほど自分に都合の良い考えが脳裏に浮かぶ。

 そして、その考えに狼狽えた自分に、ゾリグは苦笑した。

 そもそもあの若造は何者なのだろう。ゾリグが何度聞いても、クオンは教えてくれなかった


「おまえもそろそろ、腹をくくっておいた方がいいんだろうな」


 クオンが同情するようにポツリとつぶやく。


「どういう意味だ?」


 ゾリグが瞳を険しくすると、クオンは肩をすくめた。


「おまえが若造と呼んでるお方は、月紫国ユンシィのトゥラン皇子だ。彼はもともと皇帝の命で各地の属領を取りまとめていたが……今は自分の意志で動いている」

「自分の意志?」


 ゾリグは一目で惹きつけられた若造の目を思い出した。


「あの方は、属領の情報には詳しいんだ。あの首飾りも、おまえが誰なのかわかっていて依頼した。まぁ、おまえを拾った経緯を知らせたのは俺だけどな」


 今まで何も教えてくれなかったくせに、クオンはつらつらと得意げに喋る。しかも、核心にはなかなか触れて来ない。


「俺は、どう腹をくくればいいんだ?」


 ゾリグが睨むと、クオンはニヤリと笑った。


「トゥラン皇子に加担する覚悟、かな?」

「…………それは、まさか」

「俺はすでに、彼に加担している。はっきり言えば、反皇帝派だ」


 クオンの返答に、ゾリグはハッと息を呑んだ。

 彼の目に憂いはない。それどころか誇らしげな光に満ちている。


「おまえだって、本心では国の独立を願っているんじゃないのか? 風草ファンユンのゾリグ・ナイダン?」

「いつから……知って」

「最初からだ。だから必死で助けたのさ」


 クオンはそう言って笑った。


「俺は風草に行ったことがある。アルタン族の姫と笑い合うおまえを見て、風草の未来は明るいと確信したよ。まぁ、それが皇帝の不安を煽ったんだろうがな」

「そうか。そうだったのか」


 自分だけが何も知らなかったのだ。

 ゾリグは何とも言えない気分のまま俯いたが、クオンは気にせず言葉を続けた。


「風草が起つなら、南雷も起つ。俺も立場はおまえと同じだ」


 ハッと顔を上げると、クオンの灰青色の瞳がゾリグを真っすぐ見つめていた。



 町の中央広場に、二頭立ての箱馬車が止まった。

 黒い立派な箱馬車の扉が、バタンと音を立てて乱暴に開いた。

 中から勢いよく出て来た女の、高い位置で束ねた長い髪が馬の尾のように揺れている。


「ゾリグ!」


 女は、サラーナだった。

 彼女はくしゃくしゃに顔を歪めると、広場の端に立つゾリグに向かって駆け出し、その勢いのまま彼に飛びついた。


「会いたかった! ゾリグ!」

「サラーナ……」


 胸に飛び込んできたサラーナを受け止めるため、ゾリグは手にした杖にグッと力を込めた。ここで倒れてなるものかと、残った方の足を必死で踏んばった。


 愛しい女に触れるのは何時いつぶりだろう。

 片腕でサラーナを抱き寄せ、その髪に顔を埋める。

 もう会えないと、二度と会うことはないと思い込んでいた。

 国を出る時、見送りに来てくれた彼女に手を振ったのが、何十年も前のことのように思えてならない。


「無事で……よかった」


 サラーナの声が震えている。

 ゾリグも同じ思いだった。サラーナがここに居るという事は、自分の彫った珊瑚珠が────彼の想いが正しく伝わったという事だ。


(間に合って良かった……)


 サラーナの背に回した腕に力を込めると、彼女も力一杯しがみついてくる。

 この温もりをいつまでも感じていたかったが、そういう訳にもいかない。


 馬蹄の音を聞いて、ゾリグは顔を上げた。

 馬車の後からやってきた騎馬から、ひらりと男が飛び降りた。


(────トゥラン皇子)


 まだ若いこの男が、月紫国の属領をめぐり自ら仲間を増やしているのだとクオンは言っていた。果たして信用して良いものか、判断はつかない。


(だが、俺の運命は、すでにあの男の手中にある)


 ならば、一か八か乗ってみるしかないだろう。

 ゾリグは、こちらに歩み寄ってくる若造に向けてニヤリと笑った。


                おわり


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 ※「月紫国編」の裏話。本編では、サラーナの思い出話の中でしか出番がなかった「ゾリグ側のお話」です。

 トゥランが裏で着々と謀反(?)の準備をしていたことを、どこかに書いておきたいなと思ったのも「血潮の珠」を書くきっかけの一つではありました。

 今さらですが、一話二話を分けて序章と終章にしてもよかったかな(^▽^;)


 「幕間」まで読みに来てくださった方々に感謝で一杯です!!

 現在「南部編」を執筆しています。恋模様に重点を置き、殺伐としたお話はない予定です。ストックがたまったら投稿しようと考えておりますので、またよろしくお願いいたしますm(__)m


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