第26話 白昼の戦い
────ガツン!
カナンの木剣に、侍女の短剣が食い込んだ。油断をしたつもりはなかったのに、気づいた時には間合いに入られていた。
(速っ!)
慌てて突き放すように木剣を振るうと、侍女はサッと後ろに飛び退いた。
(簡単に間合いに入られちゃったじゃない。しっかりしろ、カナン!)
心の中で自分を叱咤する。
剣を握るのは久しぶりだが、南部にいる間は毎日稽古を欠かさなかった。カナンの身を案じた兄たちが、交代で剣の相手をしてくれたからだ。
(こんな所でヘマをしたら、兄さまたちに大目玉ね)
カナンは苦笑しながら、相手を威嚇するようにクルクルと剣を振り回した。
相手の侍女は無表情のまま、逆手に持った短剣を顔の前で構えている。いかにも手練れといった感じの構えだが、その姿は表舞台に立つ騎士のそれとは違う。暗殺や襲撃といった影の仕事をする者が纏う仄暗い空気を感じさせているのだ。
カナンは振り回していた剣を侍女へ向けてピタッと止めた。片手を腰の後ろに回し、剣を持つ手は緩く曲げたままカナンは一気に攻勢に出た。
素早い足さばきで相手の間合いに入り、侍女の眼前に剣を突き出す。
カツンと音がして木剣が短剣に防がれる。間髪を入れずに剣先を上に振るって短剣を弾き飛ばす。
長剣とはいえ、所詮は木剣だ。攻撃を
(こっちは木剣。斬っても死にはしないわ!)
そう自分に言い聞かせ、カナンは前に出た。
突き出した剣先を素早く振って短剣を弾こうとしたが、相手は皇帝配下の手練れだ。カナンごときに簡単にやられるような腕ではない。
カナンが思わずムッと眉を寄せると、無表情だった侍女の目が嘲笑うようにスッと細くなる。
(────笑われたっ!)
恥ずかしさと悔しさで、カァッと顔が熱くなる。
腹立ちまぎれにブンッと振るった木剣が、侍女の手首にヒットしたのは完全にまぐれだ。侍女にとってもその一撃は不意打ちだったのだろう。思わず緩んだ手のひらから短剣が滑り落ち、玉砂利の上にカランと落ちた。
「ええいっ!」
落ちた短剣を拾わせるものかと、カナンは侍女に向かって連続で剣を繰り出した。その度に侍女は後ろへと飛び退く。
無茶苦茶に攻勢をかけて、落ちた短剣を足で踏みつける。
視線の先にいる侍女が、チッと舌打ちをした。
「四! 連絡を!」
「了!」
誰かの声がかかり、カナンの相手をしていた侍女が身を翻して戸口へ消えた。
素早い撤収に驚きながらカナンが玉砂利の上の短剣を拾い上げると、ヒュンと空を切ったサラーナの鞭が相手の侍女から短剣を叩き落とした。
カランと音を立てて落ちた短剣を、カナンはすかさず拾いに走る。
サラーナの鞭は再び空を切り、慌てて下がった侍女の手首に巻きついた。
グイッと引っ張られて侍女が地面に倒れ込む。サラーナは倒れた侍女に駆け寄ると、彼女の背を足で踏みつけたまま、その体に器用に鞭を巻きつけた。
「サラーナさん、凄いです!」
感嘆しながらサラーナの元へ駆け寄った時、先ほどの女官の声がした。
「ご助力感謝いたします!」
嬉々としたその声に振り返れば、女官とユーランは既に戦いを終えていて、床に転がった侍女が一人いた。
「二人取り逃がしましたが、二人捕らえれば十分です。あなた様が、カナン王女様ですよね? お会い出来るのを楽しみにしていました。私、ヨナの姉でラァナと申します」
ヨナ似の女官はにっこりと笑った。
〇 〇
「トゥランさま、お待ちくださいっ! ここから先には行けませぬ! 皇帝陛下のご寝所です。どうかお控えくださいませ!」
後宮の薄暗い廊下に、女官や侍女たちが横並びに並んでいる。突然やってきたトゥランを人の壁で止めようとしているのだ。
しかし、そんな女官たちを押しのけてトゥランは大股で進んだ。
(とんだ役立たずだな)
後宮から皇族以外の男を排除したせいで、皇帝の寝所を守る衛士も女だけしかいない。もちろん彼女たちも手練れなのだろうが、皇子であるトゥランには強く出られない。何よりも、武器なしで彼を留める腕力がない時点で衛士として役に立っていない。
「どうかお待ちを!」
彼女たちの悲痛な声を後ろに、トゥランは重厚な木の扉を押し開けた。
「皇帝陛下! トゥラン皇子さまがっ!」
追い縋って来る者たちを押し出して、問答無用で扉を閉める。ついでに鍵もかけた。
ふぅっと息をつきながら、トゥランは部屋の方へ向き直った。
中庭に面しているはずの窓は厚手のカーテンで覆われ、部屋の中は真昼だというのに薄暗い。所々に置かれたランプの灯がオレンジ色に揺らめいている。
部屋の中央には天蓋付きの大きな寝台があり、その手前の円卓にこの部屋の主がいた。
「こんな昼間からお休みとは、お加減でも悪いのですか父上?」
苦笑を浮かべながらゆっくりと部屋の中に足を進めれば、皇帝もまた苦笑を漏らした。
「ふん。わざとらしいぞトゥラン。わかっていてここへ来たのだろう? そなたらしくないな。そんなにあの王女に執着しているのか?」
「執着? なるほど、執着か」
トゥランは感慨深げに頷いた。カナンに対する想いを執着だと決めつけられたのに、不思議と腹は立たない。
「確かに執着かも知れない。そもそも俺は、執念深い
ゆっくりと円卓の前までゆくと、トゥランは椅子を引いて皇帝の向かいに腰掛けた。
「俺はべつに、父上が女狂いでも気にしない。何人の女を妾にしようが、兄上の妻を寝取ろうが、気にはしない。ただ、カナンからは手を引いてもらいます」
トゥランは円卓の上に肘をついてゆっくりと両手を組み合わせ、父親の目を真正面から睨みつけた。
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