第31話 スーファの輿入れ


 王宮の大広間は、王族や貴族たちで賑わっていた。

 異国の皇子であるトゥランは少し遅れて大広間に到着し、開け放された扉を守る二人の兵士の間を通って広間に入って行く。


 トゥランの後について歩いていたカナンは、兵士のすぐ後ろに次兄の姿を見つけた。


「サウォル兄さま?」

「カナン!」


 思わず駆けよってサウォルに抱きついた途端、後ろからトゥランに引き戻された。


「トゥラン皇子さまですね」

 サウォルはその場に片膝をついた。

「わたしはナガル・シンの弟で、サウォル・シンと申します。少し、妹と話をさせてはいただけませんか?」


「おまえがナガルの弟か……手短に済ませろ」

 トゥランは冷めた目でサウォルを眺めると、ヨナに視線を移す。

「少し話したら、カナンを連れて戻ってこい」


「はい」


 頭を下げるヨナをその場に残し、トゥランは護衛と共に用意された席に向かう。

 トゥランの姿が離れると、カナンはホッと息をついた。


「サウォル兄さま、心配かけてごめんね。ナガル兄さまは怒ってる? 父さま母さま、それにトール兄さまは元気? それから……シオンさまの体調はどうなの?」


 時間がないからと焦って話し出すカナンを見て、サウォルは笑った。


「みんな心配しているけど、おまえが元気そうでよかった。おれにはよくわからないけど、シオンさまは大丈夫だと思うよ。かなり緊張されてるみたいだけど、体調は悪くない」


「そう……よかった」

 カナンは笑顔を浮かべた。


「彼は、その、本当に、カナンにそっくりだね」


 サウォルの微かなため息に、彼の複雑な思いが伝わってくる。


「兄さまには、そう見えるの?」

「ああ。わかってはいたけど、正直びっくりしたよ」


 何も言わずに南都を出発してしまった事を思い出して、カナンは次兄を見上げた。

 よほどひどい顔をしていたのか、サウォルがカナンの頬をつねる。


「そんな顔するな。それより、ひどい事はされてないか?」

「あたしは大丈夫。でもね……」


 カナンはつま先立ちをして、サウォルの耳に顔を近づける。


「あたしがシオンさまの身代わりをしていたことは、完全にバレてるって、ナガル兄さまに伝えておいて」

「わかった。必ず伝える。おまえも早く戻してもらえるようにするから」

「うん」

「そろそろ、よろしいですか?」


 まだ幾らも話してないのに、ヨナが割って入ってくる。


「じゃあ、カナン、また」

「うん……」


 サウォルが去って行く姿を見送ると、王の左側に座るシオン王子の姿が見えた。そして、王と王妃に挟まれるように座るスーファ王女の姿も見えた。

 美しく着飾ったスーファの顔には、喜びの表情はなかった。


 豪華な食事が一通り済むと、西にある砂漠の王国トルアンの使者が中央に立って、豪華な贈り物を披露しはじめた。


 カナンは使者や贈り物をぼんやりと眺めてから、スーファ王女に目を移した。

 一国の王女に生まれ、何不自由なく育てられたとしても、たぶんスーファが手にする事の出来る自由はほとんど無い。

 貴族の娘も親の決めた相手と結婚するのが普通だが、ある程度の意志は尊重されるし、何よりも異国に嫁ぐ事はほとんど無い。そう思うと、スーファが可哀そうな気がした。


(もしもあたしがこの王宮で育てられていたら、いまあの場所で涙をこらえているのはあたしだったのかも知れない。あたしは南で育って、本当に幸せだった……)


 スーファ王女のためにカナンが出来ることは何もない。トルアン王国が平和で、優しい人たちのいる国であるようにと祈るしかなかった。


 夜が更けて、トルアンの使者やスーファ王女とイーファ王女が広間から下がると、それを待っていたようにコウンが立ち上がった。


「シオン王子、あなたは以前、病弱なことを理由に王位継承権を返上したいと言っていましたが、その話はどうなったのですか?」


 コウンの言葉に、広間中がざわつきはじめる。

 カナンがハラハラしながらシオンの姿を探すと、思ったより冷静な目をしたシオンの顔が見えた。


「ぼくの気持ちは、以前と変わりません。そのことは、父上にも伝えてありますが、まだお返事は頂けていません」 


 シオンの発言で、ざわついていた広間はシンと静まり返った。

 誰もが王の発言を待っている。


「伯父上は、どうお考えですか?」


 コウンに問われても、王はしばらくの間黙っていたが、やがて立ち上がると、コウンとユジンに視線を投げた。


「シオンは確かに病弱だ。王には向いていないかもしれない。継承権の第二位はユジンだが、そなた、どう思う?」


 ユジンは慌てて立ち上がった。


「……シオン王子は、近頃体調も良くなっていると聞いています。わたしはシオン王子を支えたいと思っています」


「そうか。ではコウン、そなたはどう思う?」


「お……わたしは、ユジン王子を差し置いて、世継ぎになることなど出来ません!」


「ほう、それは感心な心掛けだが……困ったな。近々、王太子を月紫国ユンシィに留学させねばならぬ事になったのだが、これでは返事が出来ぬな」


 留学と聞いて、広間はまたざわめきに包まれた。

 カナンは不思議な気持ちで、ユジン王子とコウン王子を見つめた。

 ユジンの気持ちはわからないけれど、コウンは明らかに王位に興味があるのに、なぜ遠慮するようなことを言うのだろう。


「どうした? 何を考えてる?」


 気がつくと、カナンの前に座るトゥランがふり返り、皮肉な笑みを浮かべていた。


「あの二人の反応が不思議か?」

「いえ……別に」


 カナンは王子たちからも、目の前のトゥランからも視線を外して下を向いた。


(この人、何か知ってるんだ)


 トゥランの意味深な笑みを見てそう確信したが、何も聞きたくはなかった。

 王位を欲しがる人の気持ちも、それに絡む政治的な思惑にも興味はない。

 それなのに、トゥランはなかなか前を向こうとしない。


「シオンは、本気で王位継承権を返上するつもりなんだな」

「はい」


 カナンはうつむいたまま答えた。


「おまえは、あの二人のどちらが王に相応しいと思う?」

「さぁ、あたしにはわかりません」

「おれは、誰が月紫国に留学して来るのか、とても楽しみなんだがなぁ……」

「そうですか」


 そっけなく答えてから、カナンはふと、月紫国のことを魔界と言っていたヨナの言葉を思い出した。 

 同じ国の妃や皇子同士が相争う王宮に、他国の王子が留学したらどうなるのだろう。そんな疑問が、ついカナンの口を開かせた。


「月紫国に留学する他国の王族は、どうなりますか?」

「さぁ、どうなるだろうな」


 意味深な笑みだけを残して、トゥランは前を向いてしまった。


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