第20話 シオンの気持ち
「シオンさま、お食事をお持ちしました」
ユイナが部屋に入って来ると、シオンはゆっくりと寝台から起き上がった。
窓から見える空は青一色で、日も高くなっている。外は暑くなっているだろう。
「もうお昼か」
体調は悪くないというのに、なかなか寝台から出られない。
「カナンはどうしてるの?」
自分の代わりに、
「今日はトゥランさまが王子宮にいらして、庭で昼食をとりながら、西方将棋をしておいでです」
ユイナは寝台のまわりを片づけ、シオンの背に枕を当てると、足つきのお盆をシオンの手元に置く。
美味しそうな料理の匂いに、シオンは自然と箸を取り上げた。
「西方将棋か。カナンは出来るの?」
「やり方はご存知のようでした。弱いですよと、トゥランさまに何度も確認されていましたけどね」
ユイナは思い出したようにクスクスと笑った。
「そう。カナンはすっかり、トゥラン皇子と仲良くなったみたいだね」
「そうですね」
「ぼくだったら、とてもあの人とは仲良くなれないよ。同じ時に生まれたのに、ぼくとカナンはどうしてこんなに違うんだろう?」
「シオンさま……」
淋しそうなシオンの表情を見て、ユイナは優しく微笑んだ。
「元気になればシオンさまにも出来ますよ。カナンさまは、シオンさまのために一生懸命なんです。トゥランさまに会われるたびに、鳩尾の辺りが痛むと言っておられるのが少し心配ですが」
「わかってるよ……カナンはトゥラン皇子が苦手だと言っていたものね」
「はい。困ったことに、トゥランさまには気に入られてしまって……」
「そう……いろいろ、上手くいかないものだよね」
ぽつりとつぶやくように言うシオンを、ユイナは心配そうな目で見つめた。
「シオンさまは、カナンさまのようになりたいとお思いですか? だとしたら、シオンさまはこの国の王子として在りたいと思っているのです。お願いですから、王位継承権のことは、今一度お考え直し下さい」
懇願するユイナに、シオンは小さく息を吐いた。
「ユイナ……ぼくたちは双子でも別の人間なんだよ。カナンには出来るけど、ぼくには出来ない。カナンが王子でぼくが王女に生まれていたら、きっと何の問題もなかったはずだよ。でも……ぼくたちはお互い生まれ間違ったんだ」
「いいえ、それは違います。カナンさまがここで生まれ育ったとしたら、きっとあのように伸び伸びとお育ちにはなれなかったでしょう。恐れ多い事ですが、人を育てるのは環境なのです」
「でもぼくは、王になどなれないよ。政務が出来る体じゃない」
「いいえ。シオンさまが本気で治したいと思うなら、シオンさまの病は治ります。その証拠に、カナンさまがいらしてからのシオンさまは、徐々に食欲が戻っています。気がついていないのですか?」
「えっ……」
自分の前に置かれた料理に視線を落とすと、皿の半分ほど無くなっていた。無意識のうちに食べていたらしい。
「シオンさま、どうかカナンさまの為にも、前向きに病と闘って下さい」
「ユイナ……」
シオンは不安そうに視線をさまよわせた。
〇 〇
池のほとりの東屋で、カナンとトゥランが将棋盤を挟んで向かい合っていた。日差しは強いが、水辺の木陰には涼やかな風が通っている。
「王手!」
「ああーっ」
「またおれの勝ちだ」
トゥランが駒を片手で弄びながら、勝ち誇ったように笑う。
「だから、弱いって言ったじゃないですか」
カナンは拗ねたように唇を尖らせて、駒を片づけはじめる。
「では、つぎは勝たせてやろうか? そうしたら機嫌を直すか?」
「別に、手加減してもらっても嬉しくありません。機嫌だって、トゥラン皇子がぼくを子ども扱いしなければ悪くはなりませんから」
昨夜の出来事を思い出し、カナンは息を吐いて心を静めた。
ナガルたちが止めに入らなければ、もう少しでトゥラン皇子に足蹴りを入れてしまうところだった。
腹が立つと、自分の立場を忘れてついつい素が出てしまう。後で必ずしまったと反省するのに、なかなか治らない。異国の皇子相手にもそうなのだから、本当に困った性格だ。
「確かに昨夜のあれは、おれも悪かったと思ってる。あの後ヨナに散々怒られた」
「そうですか。ヨナさんに」
少し離れた場所に控えるヨナの姿を見て、カナンはトゥランの従者に好意を持った。
(トゥラン皇子は変な人だけど、あの人はまともそうだ)
「おい、よそ見をするな」
トゥランの手がカナンのあごをつかんで、無理やり前を向かせる。
「……すみません」
カナンはしぶしぶ謝った。ちょっとよそ見したくらいで何だよと思ったが、そこはぐっと堪える。
「ユジンとコウンが狩りの話を聞いたらしくて、明後日あたりどうかと言ってきたんだが、おまえ、行けそうか?」
「ああ……狩りですかぁ」
「体調が悪いなら延期するが」
「はぁ、出来ればずっと延期して欲しいですけど……ジィンと相談してもいいですか?」
「何だ、一人で決められないのか?」
「ぼくが決めるなら狩りはお断りですけど、そういう訳にもいかないでしょ? ジィンと相談して、後でご連絡します」
カナンは立ち上がった。
「トゥラン皇子、もしお暇ならナガルを貸してあげます。剣の練習でもしててください」
「勝負はもう終わりか?」
「はい。これ以上負けたくありません」
カナンはにっこり笑って、ジィンとナガルの方へ歩いて行った。
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