第11話 遠乗り


 翌朝、カナンは王の居室に呼ばれた。

 ジィンとナガルは控えの間で待つように言われ、カナン一人が部屋に入ると、王と一緒にトゥラン皇子が待っていた。


「父上、トゥラン皇子、おはようございます」

 深々と頭を下げるカナンに、王の言葉が降って来た。


「シオン、今日そなたは、トゥラン皇子と遠乗りに行くがよい」

「では、スーファ王女は……」

「そなたが気にする必要はない。スーファには、トゥラン皇子はしとやかな女性が好みだと言っておいた」

「なるほど……」


 クスリと笑ってしまってから、カナンは慌てて口を閉ざした。


「シオン、そなたは遠乗りなどしばらく行っておらぬだろう。大丈夫なのか?」

 王が試すような視線を送って来る。


「ええ、随分行っていませんが大丈夫だと思います。ぼくの体力を考えると、それほど遠くへは行けないと思いますが、トゥラン皇子はそれでもよろしいですか?」

「もちろん」


 今日のトゥラン皇子は、昨夜とは違う上品な笑みを浮かべている。


「では、用意をしなければなりませんので、これで失礼します。ではトゥラン皇子、後ほどお迎えに上がります」


 カナンは優雅に礼をして王の居間を後にした。

 控えの間で待っていたジィンとナガルと共に歩き出した所へ、後ろからトゥランが従者を連れて追いかけて来た。


「シオン、おれの用意は出来ているから一緒に行くよ」

「えっ? 一緒に?」


 意味がわからず、カナンはポカンとする。


「どうせ用意をするのはおまえじゃないだろ? ただ待ってるのはつまらない。話をしながら準備が出来るのを待っていないか?」


 トゥラン皇子は、昨夜からやたらと話をしたがる。何の話題を振られるのかと思うと、カナンはついつい身構えてしまう。


「それでは、ぼくは急いで着替えて来ますから、その間ジィンとお話していて下さい」

「えっ、なんでだよ? おれも一緒に王子宮に行くぞ」

「すぐに戻って参ります。ジィン頼むよ。ナガル行こう」


 面倒くさいトゥラン皇子の相手はジィンに任せ、カナンは王子宮へと急いだ。

 昨夜のうちに、ジィンとナガルによって遠乗りのプランは立ててある。たぶん下準備も済んでいるだろう。昨夜ナガルは、カナンを王子宮へ送り届けると、すぐにどこかに消えてしまったのだから。



〇     〇



 カナンは部屋に戻ると、衣裳ダンスを開けた。

 ユイナが用意してくれた王子の衣裳の中から、丈夫で動きやすそうな長袖とズボンを選び、その上から袖のない立て襟の青い長衣を着こむ。


「カナンさま……」


 着替え終わった所へ、ユイナがやって来た。


「遠乗りに行かれると聞きました。大丈夫ですか?」


 ユイナの顔が心配そうにゆがむ。


「大丈夫。朝巻いてもらったさらしはまだしっかりしてるし、ちゃんと立襟たてえりの上着を着てるから。あたし遠乗りは好きなの。都へ来てから王宮の外へ出る機会が無かったから、楽しみです」


 それは本当のことだ。実際カナンは王宮の外へ出たくてうずうずしていた。


「カナンさま、無理をしていらっしゃいませんか?」


 心配そうな顔で聞くユイナを安心させたくて、カナンは笑みを浮かべていたが、それも長くは続かなかった。


「遠乗りは好きだけど、ほんとは緊張で鳩尾みぞおちが痛いです。あたし、何か仕出かさないといいけど」


 一番の心配は自分だ。

 正体がバレなくても、何かとんでもない事を言ってしまいそうな予感がする。

 実際、昨日からトゥラン皇子と言葉を交わすたびに、よく考えないで言葉が出てしまう。トゥラン皇子の言葉が砕けてきてからは特に、自分もついつい素で対応してしまいそうになるのだ。


「シオンさまに、都合が悪いことを口走ってしまったらどうしよう……」


 ユイナの前ではどうしても正直な気持ちが出てしまう。本当は安心させてあげたいのに。


「カナンさま。どうか気持ちを楽にしてください。ジィンには、カナンさまのおそばを離れないように言っておきますから、大丈夫です」

「はい」


 カナンはユイナにうなずきかけると、部屋を出て行った。



 〇     〇



 太陽が中天に達したころ、カナンたちは王都が見下ろせる丘の上の、きれいな池のほとりで馬を止めていた。

 眼下には青々とした田畑が広がり、遠くに王宮と城下の街並みが見える。


 遠乗りに出たのは全部で九人だ。

 カナンたち三人と、トゥラン皇子と従者のヨナ、それからユジン王子とコウン王子がそれぞれ従者を一人連れて参加している。

 もちろん護衛の武官が遠巻きに取り囲んでいるし、池のほとりの天幕では十人ほどの使用人が昼食の用意をしている。


 ここまで来る間、ユジン王子とコウン王子が率先して道案内をしてくれた。景色のきれいな場所を選び、トゥラン皇子にいろいろ説明してくれたので、カナンは随分助かっていた。


「トゥラン皇子、食事にしましょう」


 ここでも仕切るように声をかけたのは、年長のユジン王子だった。きれいな真っすぐの髪を束ねた姿は、顔立ちも含めどことなくジィンに似ているが、その表情は温和で優しそうだ。


 年下のコウン王子はゆるいくせのある髪をしていて、同い年のトゥラン皇子と張り合いたいのか、道中トゥラン皇子と馬首を並べてしきりに剣や弓の話をしていた。



 池のほとりにある木のそばに日よけの布が張られ、椅子が並べられた。折り畳み式の長卓の上には、こんがりと焼けた肉や野菜が大皿に盛られている。

 長卓を囲むように四人の王子が座ると、その後ろにそれぞれの従者が控えた。


「それにしても、シオン王子は随分お元気になりましたね。まさか遠乗りにご一緒出来るとは思いませんでした」


 ユジン王子が優し気な笑みを浮かべて話しかけてくる。


「はい。正直みんなについて行けるか心配でした」


 カナンが笑顔で答えると、コウン王子が意地悪そうな顔で笑った。


「そんなに元気なら、今まで国の行事にずっと出てなかったのは、あれはサボってたのか?」


 言葉づかいもぞんざいで、明らかにシオン王子のことをバカにしているのがわかる。隣でユジン王子がたしなめるが、ニヤニヤ笑いをやめようとはしない。


「そう言われると困ってしまいますね。正直なところ、国の行事は苦手なんです」

「なんだよ、本当にサボりかよ。これじゃ伯父上が嘆かれるわけだ。おれが伯父上の子に生まれていたら、そんな思いはさせなかったのに」


 コウンは呆れたようにため息をつくと、両手を大きく広げて肩をすくめる。


「コウン、いい加減にしろ」

「なんでだよ、ユジンだってそう思ってるだろ?」


「ぼくもそう思います。お二人の方が、ぼくよりもずっと父上の期待に応えられる」


 カナンがそう言うと、コウンはあからさまに驚いたような顔をした。


「シオン王子、心にもない事を言ってはいけません。叔父上が悲しまれますよ」

 ユジンは二人の従兄をいさめる。

「父上も、きっとそう思っています」

「シオン王子……」


「おれは別に構わないが、他国人の前でよくそんな話ができるな」

 呆れた声を出したのは、今まで黙っていたトゥラン皇子だ。


「これは失礼いたしました……」


 ユジンが青くなって謝る。

 カナンは思い切って、トゥランに話題を振った。


「トゥラン皇子、あなたの国には皇子や皇女がたくさんいると聞きましたが、ぼくたちのように争うことはないんですか?」


 あっけらかんと質問をするカナンに、せっかく話題を変えようとしていたユジンがさらに青ざめる。


「そりゃあ争うさ。きみたちのような可愛らしいものじゃなくて、もっと陰険で汚い争いがある。おれの国では宮中も弱肉強食だ。弱いものはすぐに喰われる」


 トゥランは何の躊躇もなく答えた。ついでにコウンを見てニヤリと笑うと、コウンはビクッと怯えたような顔をした。


「へぇ、すごいですね! では、トゥラン皇子は戦って今の地位を勝ち取ったという訳ですね!」


 無邪気に笑うカナンに、ユジンとコウンが冷たい目を向けた。

  

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