第2話 教会と老人と女の子

 古くさびれた街道のそばに小さな教会があった。


「この教会は呪われているの」


 そう囁くようにしてその噂の真相を確かめるべくここまで来た。

 人が設備を放置してから数か月は経過したこの街道は、いまや人が通るのは金がない人だけ。木々がうっそうしており、魔物が出てきてもおかしくはないレベル。


「ゼロ、どうやらその正体が判明しそうだ…」


 教会に行く前に大きな穴を見つけた。そこは、人為的に掘り起こした後があった。穴の中は幾多の人骨また腐った肉が付いた死体も入れられていた。誰かが行為で埋めていた。


『魔術の類かな?』

「いや、もっと別のものだろうな…」


 穴を後にして、教会に向かった。

 そこは、噂通り煉瓦造りの建物で、壁から屋根にかけて蔦が生えている。緑の教会と言っても間違ってはいないほどに。


「失礼」


 扉をノックし、中に入った。

 すんなりと開く。中は外と違い、窓が閉め切られており、妙に埃臭い。それどころか肌寒く震えた。


「フー…息が白く見えるとは…なにかありそうですね」


 息を吐くたびに白くなる。外とは別空間だ。寒い。冬並みの寒さだ。リュックから冬用の服を取りだし、着込んだ。

 少しは暖かくなった。


「どちら様ですか」


 階段を駆け下りる音が聞こえた。

 奥の方からタタタと誰かが駆け寄ってくる。


 奥の扉が開かれた。

 シスターが息切れしながらこちらへ歩み寄る。


「こんな寒い中、大変でしたね。どうぞ、奥で暖かいスープがありますので」


 奥へと案内するシスターを尻目に背後を見た。

 空いた扉の奥は雪が積もっていた。吹雪いている。真っ白い世界がつつまれていた。


 季節も反対にできる。これは少し厄介な案件になりそうだ。



 部屋へ案内された。

 小さいが、周りには数人の旅人が暖を取る形で座っていた。寒そうに震え毛布に包まる。


「あの、これどうぞ」


 金色の髪をした女の子が自分に包まれている毛布を差し出した。

 俺は丁重に断り、「寒くはないから平気です。それよりも、あなたにはこれを差し上げます」と、魔法を送った。


 〈炎暖布〉。毛布の温もりを外へ追い出さないようにする魔法の一種。これで、毛布に包まれている以上、寒さで震えることはないだろう。


「あれ? 寒くない。むしろ…暖かい」


 フワフワの暖炉に包まれたみたいだ。

 女の子は「ありがとう」とお礼を言うと、周りにいた人たちも「俺らにも」と頼んできたので、〈炎暖布〉で温めてやった。


 少ししてシスターが暖かい食事を持っていた。

 豆のスープにパン一切れだ。


「少ないですが、いまはこれぐらいでしか出せません」


 そう言って人数分を配った。

 天使のようだと俺以外の人は感謝をしていた。


「エヘヘ…おいしそう。あれ? 食べないんですか」


 スープとパンを前に皿の上に置いたまま放置していた。俺は手を付けずにいたところ女の子が気になって声をかけてきた。


「俺はいい」


 そう答え、「俺の分はみんなに分けるよ」とみんなに配った。すると周りは歓迎してくれた。先ほど空気とは一変するほどみんな親し気に話すようになった。


 少しして暖炉の前で眠るかのようにコクリコクリと寝ないように耐えている女の子。この寒さで眠ったら朝日は昇ってこない。そう信じていた女の子に俺は「大丈夫。俺がついているから」と励ました。


 すると、安心したのか眠った。


 俺は立ち上がり、教会の中を探索し始めた。


「ゼロ、みんなをよろしく頼む。俺の姿に化けて待機」

『OK』


 ゼロは俺の姿を模してその場に座った。

 俺はこの部屋から出て、内部の調査へと出かけた。


 教会内部は複雑なほど魔法陣が書かれていた。

 天井から床、壁にかけて。


「なんてことだ…」


 この魔法陣は異常なほど人を執着させているものだと理解した。人を誘い入れ、閉じ込める魔法。

 外が熱い夏であっても中に入れば、とたん外は寒い冬に変わってしまっている。


 俺は試しに外に出てみた。

 すると、夏に戻った。急に熱くなり、汗が滝のように出る始末。


「あっちー」


 慌てて中に戻った。すると、外はゴーゴーと吹くように扇風機の風のように吹き荒れていた。冬の寒さに逆戻りだ。


「この教会そのものが罠か…ということはこのままでは危ない!」


 俺は急いで、暖炉がある部屋に戻った。


「いない…!!」


 暖炉で寝ていたはずの数人が消えてしまっている。あの女の子もいない。ゼロの姿もいない。

 まさか、外に出れば時間軸がずれるのだろう。このままではゼロに危険ということを知らせれない。俺はいち早くゼロとの合流を望んで教会内を走り回った。


 一方そのころ、寝そうになっていたゼロは、一人寂しく天井を見上げていた。


『ノア遅いなー』


 欠伸をしながら待ちぼうけていた。

 周りの旅人はスースーと寝息をたてながら眠っていた。


 あの魔法は偉大だなとノアを褒めながら毛布に包まることなく、寝ずに待っていた。


 そのとき、シスターがゆっくりと入ってきた。

 ゼロの背後から襲うようにフライパンで叩きつけた。


――ゼロが目を覚ました。


 暖炉を前にシスターが何やら包丁を研いでいた。


 シャーシャーと音が鳴る。その度にシスターが笑っているかのように「ウフフフ」とかすかな声が聞こえる。


 声を封じるかのように布が口を塞いでいる。手足が動かせないようになにかで縛られている。視線がシスターの背中だけしか見えない。無我夢中で暴れようとするが、変身が解けてしまいそうになる。


『ダメだ。いま、ここで変身を解けば逃げれるかもしれないが、ノアとの約束を破ってしまう。クソ…力があれば…この忌々しい封印さえ溶ければ…!!』


 シスターが笑みを浮かべ振り向いた。

 眠っている旅人のひとりを暖炉の前まで引きずり、持っていた包丁を力いっぱいに振り下ろした。真っ赤な血が飛び散った。


 グシャ、ブシャ、グチュ…と音が鳴るたびに旅人の断末魔が耳から入ってくる。耳を塞ごうにもなにもない。空気が容赦なく音を貫けてくる。


――旅人が三人やられた。残りは女の子とゼロだけとなった。


 包丁を持ったシスターがやってくる。もうダメだと思ったとき、俺が登場した。


「シスター!!」


 俺は持っていた小瓶をシスターの足元に向かって投げた。

 バリンと割れ、紫色の煙が充満した。


「こ、これは…!?」


 幻覚の煙だ。ここに来る前に買っておいた調合薬だ。

 俺は急ぎ、女の子を連れ、ゼロに変身を解かせこの部屋を出た。


 シスターが後ろからやってくる声が断末魔となって襲ってくるのを気にしながら教会の出口を探し求めて走った。


 出口付近になるころ、担いでいたはずの女の子が力なく地面に倒れた。俺は女の子を抱き起そうとするが重力が押しているのか動かない。まるで重りのようだ。


「クソ…なんでこんなに…重いんだ…!?」


 俺が無理やりにも引っ張ろうとするがビクともしない。


「クソ、魔法のせいか? 解いている余裕なんてないぞ…!」

『ノア!!』


 ハッと顔を上げた。そこにいたのはシスターだった。

 ド胆を抜くほど顔は膨れ上がるほど怒っている。人間だった面影はどこにもなかった。


 俺は隠し持っていた光球を投げた。

 閃光弾とも呼ばれる代物だ。見た目は白いボール。ひとたび衝撃が走れば白い光を放つ。逃げたり、脅したりするにはもってこい。


「ぐあああ!!」


 シスターが怯んだ。

 俺は急いでこの場から離れようとした。

 その瞬間、グサリと鈍い音が聞こえた。


 俺は振り返った。恐る恐る。その真実を知るのが怖かった。


「!!」


 女の子が背中から一突きされている。毛布でくるまれていた女の子の背中から赤い水たまりができていく。

 俺はとっさに女の子を庇おうとしたが、シスターの蹴りにそのまま場外へ飛ばされた。


 外へ弾き飛ばされ、俺は夏という恐ろしいほど暑い日差しの中で顔を上げた。そこには、「にげて…」と言わんばかりにかよ細い声で女の子は続けて「ありがとう」と告げる直前に、シスターの一撃が入った。


 俺は「もうやめろ!」と叫び、教会に入ろうとしたが、弾かれた。

 教会の扉の前にはなにか透明の壁があるようで、それ以上先へ行けなくなっていた。


「ドケ! 俺は守らなくちゃいけないんだ!!」


 俺の記憶にない言葉が出て来た。誰かの声が重なり合うかのように声が出た。その声の正体が後に知ることになった。


 その瞬間、教会は崩れた。

 入り口を閉じ、屋根が崩壊し、壁が崩れたことによりシスターと女の子含めて生き埋めとなった。


 崩れた原因は、魔法陣を削ったことが原因だった。

 シスターが刺した傷で血が魔法陣に触れたことによって、機能しなくなり外と中の時間差が応じ崩れたようだ。


 この魔法陣は中と外とつなぐ扉にしかなかった。つまり、出入り口であるこの部分だけ書かれていた。他は書いてなかった。探すときに魔法陣を調べて分かったことだが。


「クソ! まだ、助けれる…」


 俺は感情的になり、瓦礫をどかそうとしたとき、誰かが止めるかのように左手で握った。振り返ると、年老いた男が俺を怪訝そうな顔で見ていた。



 教会から離れて川のほとりで老人と話しをしていた。

 老人はあの教会で妹と生き別れで助かったといっていた。


「何十年経ったかのう。ワシはあの日、身が凍り付きそうになる寒い夜だった。お使いの帰りで、妹と一緒に山で遭難しかけた。まだ街道ができる前の話じゃ」


 懐かしそうで悲しい目で語っていた。


「狂暴化したシスターに追われ、妹と一緒に脱出した。ところが、出入口で転んでしまい、俺はその勢いで外へ転がり込んだ。振り返ると妹は背中から刺されていた。何度も助けを呼ぶ声をワシは無視し、ひとりで逃げてしまった……」


 苦虫を噛んだように老人は苦しむ。


「あのとき、助けていれば…! 恐怖に負けてさえいなければ…! 妹が…妹が!!」


 と手を組み嘆いていた。

 少し落ち着かせてから話しの続きを伺った。


「あれから、何度も教会へ足を踏み入れた。どいうわけか中へ入れなかった。透明の壁があって中に入れなかった。妹の顔が見たい。その思いで、旅人に噂を流して中の調査と妹を連れてくるよう頼んだ…けど、結局は誰一人帰らなかった」


 老人の言葉を最後に、俺はゼロに頼んだ。

 ゼロは頷き、変身した。

 崩れた教会の前で手を振りながら、声を出してこう言った。


『お兄ちゃん! ありがとう! 私、いつもそばに見守っているから!』


 と、老人が振り返った時には誰もいなかった。

 ゼロがふーと息を吐いて、戻ってきた。


「なんか、夢を見ているような気がする。妹の声が聞こえてきた。ワシは…ワシは…」


 涙を浮かべていた。

 俺は、老人に手を振り、別れた。


『よかったの? あれで…』

「別にいいよ。納得してもらえれば…これで悪夢も噂もなくなったでしょう」

『ひとつ気になるんだけど、あの穴はなんだったの?』

「憶測しかないけど、墓地だったんだと思うよ。掘り起こしたというよりも、未練たっぷりの老人が掘り起こしたのかもしれない」


 帰り際にあの穴を見てきた。

 きれいさっぱりと穴は無くなっていた。掘り起こした後もなかった。


『どうなっているの?』

「時間軸は平行に戻ったんだろう。さて、次の町へ行こうか。今回は、無報酬だったし…」


 無報酬の案件はなるべく手を出さない。金にならない仕事は腹が減るだけだ。

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ウィッチウィザード+ にぃつな @Mdrac_Crou

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