ウィッチウィザード+
にぃつな
第1話 父と息子の秘密
幾多千年前、この世界は邪神が支配していた。
かの英雄たちの手によって、邪神を倒したと古臭い歴史書に残されている。
その書物を片手に、地底深い墓地へと手土産如く置いてきた。
フードを被った黒髪の青年は首に下げたペンダントにキスし、親愛なる者へと誓いを立て、そのペンダントを置いて外へ旅立った。
フードの青年の名はノア・エクセーヌ。政府公認の〈ウィッチウィザード〉に所属する妖精憑きの男である。
物語が開始する数日後のことである。
港付近で行方不明者が出たと掲示板に貼られていた。金銭的に余裕がなく宿も取れないこの状況でありがたいと掲示板から依頼書を破り、依頼主である宿屋へ向かって歩いた。
宿屋に入る前、ここの店主らしき男に声をかけられた。
「今は営業停止中だよ」
「なにかあったのか?」
俺は尋ねた。
「俺の息子…つまりここの宿屋の主なんだが…数日前から行方が分からなくてね。掲示板に依頼を出したんだが…あー…」
俺が依頼書を持っていることに気づき、喉を唸った。
「先ほどの掲示板でこの依頼を見た。お金さえもらえば助けてやれるんだが…」
主人はようやく助け舟が来たのだと安心したのか、ノアの両腕を掴み、「ぜひ、お願いします」と、頭を下げた。
これは、しばし面倒なことになりそうだと心の中でため息をついた。
「さて、まずは宿屋から調べるか…あんたに尋ねたい。息子はいつごろからいなくなった? それに、なにかもめ事とか抱えていたか?」
主人は過去を振り返り、息子の様子を思い出しながらしゃべった。
「いなくなったのは数日前。息子はなにか港でトラブルになったと言っていた。ああ…そうだ息子は金が盗まれた…とも言っていたな」
「そうか、ありがとう」
港でなにかあったのは確かだ。
金が盗まれた…ということは対人関係かもしれない。
少し面倒そうだ。
港はここから少し歩いたところにある。馬車で一日。空飛ぶ箒で五時間。転移魔法で一瞬。転移魔法で一択だ。あれは、悪い酔いするから苦手なんだが…。
「〈転移印(タフ・ポータ)〉」
一瞬にして港区に到着した。塩の香りが漂っている。石造りの建物がそびえたっている。周りは活気がある。人が大勢住んでいる証拠だ。
「さて、まずは息子の金銭トラブルの現場へ向かうか…」
港といっても広い。船がたくさん港についている。どれも大陸と渡りあうほどの強大なものが多い。町ですれ違う人の多くは船で渡ってきた連中がほとんどだった。裕福そうな人、旅人、放浪人、冒険家、魔術師、船乗りと様々な人とすれ違った。
その中に奇妙な人の影が見えた。
「おや…」
フードを被ってはいるが耳長が見えた。おそらくエルフだ。なぜ、こんな場所に来たのか不思議だ。
エルフは長い耳と細い体が特徴だ。長命寿で人間よりも五倍の寿命で生きているという。そんなエルフは人を嫌い、人里に下りてくることは滅多にないと聴く。何よりもあのエルフは子供だった。
匂いでわかる。まだ甘い果物になったばかりの甘い香りだ。それに、マナ(魔力の源)の量からしてみても少ないことからまだ幼さを感じる。
「奇妙だ。ついていくか…」
興味本位であの子についていくことにした。
あの子が行く道はどうも、行方不明の息子と同じルートを通っている。
「古いが…血痕がある」
膝を下ろす。床タイルに黒く固まったものが点々とエルフがたどった方向に続いていた。誰かがここを通っていったようだ。
黒い固まりを指でなぞる。すでに煤のようだ。舌で舐める。鉄の味だ。
「これが最悪な結末にならないことを祈る」
エルフを追いかけ、船着き近くにたどり着いた。血痕の跡は海岸で洗い流されてしまっていたが、小屋に向かって途切れていた。
小屋に近づき、扉に耳を置く。
すると、中から声が聞こえてきた。男の声。二人のようだ。
「どうする…俺、どうしたらいい!?」
「待て、どうすることもできない。取引は中止だ。お前は家に帰れ、このことは秘密にしろ」
「わ……わかった…」
扉から耳を放し、近くの樽に隠れ身をひそめた。
一人の男が出て行くのを見計らい、もう一人が出てくるのを待った。
今出て行った男を追いかければなにかわかるかもしれないが、あの男からは血の臭いはしなかった。関係性は薄い。
「もう一人の男は…どうしたんだ…」
なにか妙だ。
小屋に入って確かめる。扉を静かに開け、静かに占めた。
中には誰もいない。いや、地下へ続く梯子がある。おそらく、男はここから出て行ったようだ。
「クソ隠し通路か」
梯子の下の覗き込む。奥は一本道になっており、死角に隠られていてはやられてしまう。
「ゼロ、調査を頼む」
『あいよ』
相棒の妖精だ。〈ウィッチウィザード〉になった時にもらったものだ。桃と銀を足したような色をした髪色だ。目は大きい。人間の子供のような体系と姿をしている。尻からは二つの尻尾が出ている。
普段は姿を隠し、人前では見せない。化けるのが得意。
「どうだ?」
『見てきた。誰もいないようだ』
「ありがとう」
ゼロが消えたのを見計らい、梯子の下へ降りた。
一方通行の道だ。蝋燭に火が灯しているあたり、何度も使われているうえ、なにか秘密的な通路として使われているようだ。
慎重にその通路の先へ行く。
すると、あろうことかとんでもない場所に来た。
「…そういうことか」
宿屋の地下室だろうか。
この通路は宿屋と港の小屋とつながっていたようだ。
距離関係なく一瞬で着いたことから、この通路は一種の転移トンネルといったところだ。
「魔法がまだこういう形で生きているとは…あの父親も知らなっかったのか?」
父親に報告しよう。おそらく息子はトラブルに巻き込まれている。このトンネルがなぜ港の小屋につながっているのかを知っているようだ。
宿屋から外に出た。
すると、父親が誰かに怒られていた。
「なんてことをしたんだ! 俺が行方不明!? 冗談じゃない! 過保護なところはいい加減にしてくれ!」
「待ってくれ。俺は心配したんだ。数日も帰ってこないなんて…おかしいと思うだろ
う」
「父さん。その話は終わったはずだ。宿屋の夢はあきらめてくれ。俺が引き継いだ以上、宿屋は閉めるそういう約束だったろ!」
行方不明の息子さんはどうやら生きていたらしい。
俺は父息子と争っている場面に出た。
「どうやら初めから事件はなかったようだな」
二人が見た。
「父さん、この人だれ?」
「…お前を探しに手伝ってくれた人だ」
「もー…いい加減にしてくれよー」
なにやら息子の方が慌ただしくしている。
「依頼を出した以上、お金を払わないという理由にはならない。ほれ」
銀貨2枚を受け取った。
依頼に書いてあった提示金額よりも2倍だ。
「1枚でいい。それ以上の働きをしたわけじゃない」
「……」
不満そうだ。だが、あえてこれ以上問題にかかわらない。そうしたいのだが、息子が尋ねてきた。
「父さんから何を言われた?」
「行方不明の息子を探してきてほしいと、あと報酬に宿屋を一泊使わしてやると」
はぁーと息子は大きなため息を吐いた。
「父さんこれっきりにしてくれ」
父親はなにか嘆き悲しんでいた。
なにを悲しんでいるのか、同情できない。ただ、気になる箇所がある。
「お前さんに尋ねたいんだが」
「まだなにか用があるのか? 宿屋はもう営業停止だ。一泊の件は他を当たってくれ。俺はまだ忙しいんだ」
融通と聞かない人だなとため息が出る。
なにか知られてはいけない秘密でも抱えているのか。おせっかいかもしれないが、息子の本音を聞かせてやりたい。
「〈何を隠している? 正直に話せ〉」
指で横一線に引いた。すると、「正直に話します…」とペラペラと声に出して話し始めた。
「あの宿屋を閉めたのはトンネルのことを秘密にしたかった。でも港で知り合った知人から港区から安心して取引をしたいと頼まれた。俺は金をちらつかされて断れきれず、引き受けた。あのトンネルは場所と場所をつなぐ魔法の一種だった」
「それで、父親がなぜ心配するようになった?」
「それは、港で取引相手に殺して奪う連中がいた。まだ犯人は捕まっていない。もう十五年前から続いている。父は俺を港に行かせたくないと言って融通利かなかった。俺が無理に行くと、その度に掲示板に依頼を出す。迷惑だ!」
「そうか…大体はわかった」
父親に眼を配った。
父親の目が先ほどと違い、殺意に満ちていた。
「あのトンネルのことはいつ知った?」
「酒に酔った父さんから聞いた。あのときは冗談ばかりだと思っていたよ。父さんの代を引き継いでから、あの部屋の秘密を知った。それで、港に黙って行けれるようになった。けど、まさかこんなことになるなんて思いもしなかった」
「なにがあった?」
「取引していた大富豪が殺されたんだ。十五年前の手口と同じだ。トンネルの秘密を教える代わりに大量の金貨と取引をしたんだ。それが、どういうわけか殺された。あの小屋でだ。もう、どうなっているのかさっぱりだ」
息子が酷く興奮している様子だ。せっかくの取引が消滅したことに腹を立てているほかにどうしたらいいのか頭が混乱していた。
「さて、あなたにも聞きたいですね。この事件…」
父親が突如、隠してあった斧を振り上げた。
身軽に避け、斧は間一髪当たらなかった。
「父さん!? なにを??」
「息子よ。秘密は守らなくてはならない。あのトンネルのこともこの宿屋の秘密も」
「父さん…まさか…そんな……嘘だろ」
「これっきりだ。俺はお前のことが心配でならなかった。俺の小さいころと顔がそっくりだ。いつバレてもおかしくはなかった。お前が、あのときトンネルを使って商売をするっていったとき、俺は真っ青になったよ。秘密がバレるってね…」
斧を何度も振っては裂ける。
殺意というよりも守りたいという意欲のための行動のようだ。
「父さん! やめてくれよ!」
「息子の頼み事だぞ。落ち着け」
どうやら頭に血が上ってしまっているらしい。息子の頼みごとを全く聞いていない。それどころか、秘密を知った以上無事で返さないという気持ちが前に出ていた。
剣を抜いた。鉄の剣だ。どこでも入手できる安物の剣。
「お仕置きだ」
斧を力強く弾き飛ばし、剣を父親の腹に差した。父親は「ぐう……」と口から血を吐き、俺は剣を抜いた。腹を抱え、そのまま地面に倒れた。
「父さん!」
「が……ぁ……」
ばたりと力なく手が下りた。
「父さん! 父さん!!」
父親を何度も呼びながら揺らしている。
血を払い、剣をしまった。
「父さん…どうして…」
「秘密を守りたかった。おそらくトンネルだけでなく、この宿屋の思い出と、あんたの人生をさ」
息子はぐう…と涙を懲らしめ、父親に斧を背中から刺した。
「これでおしまいです」
銀貨を2枚投げ捨てた。
「依頼はこれで終了です。どうか、これ以上は顔を見せないでください。俺もあんたを殺しそうになりそうなので」
俺は銀貨を拾い上げ、この町を後にした。
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