輪廻師は無限の塔を紡ぐ

アヲバノン

プロローグ


 走り続けて足が棒のようになった頃、俺にもそろそろ限界が近づいて来た。


「次はそっちから二体来るぞ!」


 息を切らしながら走ったまま必死に捻り出して叫んだ声は何時まで経っても見える気配が無いどころか、空が黒いのだと見間違うほど奥深い空に吸い込まれていく。否、消えていく。


「そっちって何処なのよ!指示が抽象的すぎるわよ。"ニノマエ"!」

「お前なら分かるだろ!」


 長い髪を揺らしながら小さな少女は剣で青黒いその敵、二体を一瞬にして両断した。青黒い色を放ちながら駆け回っていた二体は先程とは打って変わって厚く積もった白銀に輝く雪の上で横たわり、その身体から紅い液体が純白だった雪の色をみるみる変えていく。少女が血のついた見るからに重そうな剣を軽々と一振りすると血が再び円状に飛び散った。その上から再び白く綿のようなふわふわとした雪が紅く染まっていた雪原を隠していく。


「それでも倒れてるだろ。わかってるならいいじゃねぇか。」


 俺がポツリとぼやいたそんな言葉に仲間の少女は、ギロリとあからさまに睨んで来た。少し血のついた剣を持ったまま睨まれると元々持つ恐ろしさがさらに増す。彼女は短気な性格なのですぐ人を殺そうとして剣を向ける。


「ニノマエ…?」


 俺の名を呼ぶと同時に少女はいつの間にかしまっていた剣を再びホルダーから少し抜いて刃を見せる。俺の態度が気にくわなかったのだろう。いつもの事だが学習など一ミリもせずに少女はジリジリと間を詰めてくる。俺も同じで何時まで経っても同じことを繰り返す。少女の剣がだんだん俺へと向けられる。その威圧から逃れようと雪に足跡を残しながら、そろそろと後ろへ下がる。剣の切っ先が、オレの眼前まで運ばれてきたその瞬間、


「やっ…辞めてください!」


 突然その間を割るように小さくて深くパーカーを被り、顔を隠した少女が現れて俺たちに向けて大きい声で静止を求める。その声で俺と少女の動きが止まる。岩陰から出てきたツインテールの小さな少女は、俺に剣を向ける少女と同じく俺の仲間の一人だ。内気な性格だから滅多に大きい声なんてだしもしないのだがな。


「珍しいじゃねぇか、どうしちまったんだよクロ。お前が大きい声出すとか全く持って柄じゃないな。もしかして天変地異とか起こっちゃったりするか?」


 ありがたく俺と殺しにかかってくる少女の間を割ってくれた彼女…。俺が"クロ"と呼んだ少女は俺が声を掛けると焦ったようにワタワタと右往左往した後、急に背中を丸めて逃げるようにして岩の後に引っ込んでしまった。人に剣を向けて脅すような奴とは違って女の子らしい可愛げのある少女だ。


「珍しく大きい声出してまでクロが俺等を止めようとして言ってくれてるんだからクロの為にこんな下らない諍いは辞めにしないか?なぁアリス?」

「まぁ…クロが辞めてって言うなら辞めてあげなくもないわ。クロの為だからね!」


 剣を片手に俺を殺そうとしていたのが俺の仲間のアリスだ。毎度のことである意味慣れたがクロのおかげで何とかアリスの感情の制御が出来ているようなものなのだ。しかしアリスは俺が見た中でも凄く美少女だと思う。だから勿体無い。アリスとクロリア(クロの本名)は何でも幼馴染らしい。俺には幼馴染とかいないから羨ましい。

 剣を手にしていた彼女は重そうな剣をホルダーに収める。その姿を見て俺は安堵のため息をつく。


「ほら、クロも隠れてないで出ておいで。もう喧嘩は辞めたわ。私はここよ、敵もちゃんと倒したから安全よ。」


 アリスの呼びかけに対して先程逃げるように岩陰に隠れたクロが、顔を少しだけひょこっと出してこちらの様子を伺っている。まだ俺たちが喧嘩していないか疑っているのだろうか?俺が軽く微笑むと、クロは安心したように顔を綻ばせてそろそろとアリスの元へ移動してきた。やはりアリスと比べものにならないほど可愛げがある。少し怖がられているのが何だか寂しいが、内気な性格なので致し方ない。アリスはツンツンしすぎてとても取っ付きにくい。むしろ恐ろしい。もう少しデレればいいのにな。


「ところでさっきから何か忘れている気がするのよね。どうでもいい事だった気がするんだけど、ニノマエ、あんた何か知らないかしら。」


 アリスが何の前触れもなく口を開いた。


「俺が知るわけ無いだろ。だが奇遇だな。丁度俺もそう思っていたんだ。同じものだと有り難いんだがな。」


 アリスは俺と共に雪の上で首を傾けて考えるが、いつまで経っても出てこない。アリスの言うとおり大切なことだった気がしなくもないが何故だろう。とてもどうでもいい気がしてきた。アリスが移ったか?ふとアリスの方に視線を向けるとアリスの後ろでクロがやけにソワソワとしていた。やがてアリスがそのことに気づき、クロにその理由を尋ねてみる。


「ジョン…じゃない?」


 彼女のその一言に俺もアリスも忘れたものを思い出す。正直思い出したくもなかったのだが。


「「あ…。」」


 思わず出たため息と共に声が出てしまう。その時、突然恐怖が襲った。


「あ、じゃないでございますよー!一人ぼっちにしないでくださいー!嗚呼凄く寒いですよ!死んでしまいそうですよ!一人だととても怖いでございますー!ていうか、どうでも良いって酷いでございますよ!仲間の存在忘れるってどういうことですか!」


 俺とアリスが気づいた瞬間、アリスの足元の雪が不自然にボコッと音を立てて穴が現れた。やっぱり思い出さなくても良いことだった。その雪の下には深さも結構あり、人が一人くらい入る穴がある。穴にはとても見覚えのある、クロがジョンと呼んだ青年の顔があった。彼も一応仲間なのだがノーコメントで行こう。頭が少し…だいぶおかしいのだ。アリスは驚きのあまり反射的に後ろに大きく一回跳んで雪に深い跡をつけながら着地した。ジョンが入っている穴に俺はクロと一緒に急いでそこらにあった雪を掻き集めて詰め込んだ。そしてアリスと俺とで入念に踏み固めた。絶対に出られないように。


「三人とも何するんですか!嗚呼寒い、出してくださいですよー!」

「お前は一生地中に埋まってろ!」


 やがてジョンの嘆きはパタリと途絶えた。


「えーと…見なかったし、覚えてなかった事にしないか?」


 埋め終わった後、俺のカタコトな問いかけにアリスもクロも思いを汲み取ってくれて何度も縦に首を振った。


「「賛成。」」


 満場一致の答えだった。きっと三人とも同じ気持ちだ。三人で血が染み渡ってしまい、更にジョンを埋めてしまった不幸な雪の上をサクサクと音を立てながら、"クロスリンカーネーション"は下階へと向かって歩き出した。俺の耳に付けていたイヤリングがキラリと光っていた。

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