第2話 俺がサークス?能力ってなんだよ!

 目を開けて飛び込んでくる太陽の光。顔を背けると、鈍い痛みが体中に走る。強い花の香。火薬も血の匂いもしない、現実へ戻ってきたと理解するのに時間はかからなかった。

「いってー…」

「起きた?主恩」

「くっそ、思い切りやりやがって」

「手加減したらしたで怒るでしょうが。死なないようにはしただけ有り難いと思いなさいよー」

「当たり前だ、死んでたまるか」

 死ぬほど痛いけど。命に別条はなさそうだ。よかった、稽古で死んだら本末転倒だからな。ライアとの実践稽古は毎回こんな感じだ。どっちかが倒れるまで戦う、まあ、ライアが倒れたことは今までないけど。そして、使うのは真剣。ライアの馬鹿力は本当に洒落にならないから、それも毎日実践稽古ができない理由だったりする。毎日こんなのくらってたら俺がもたない。

 だから、数少ない実践稽古はすっごい嫌で、でも強くなる一番の近道なんだ。強くなりたい。父さんが死んだあの日から俺はそればかり考えている。今は父さんの夢を見てしまったから余計。

「ライア、今日のどうだった?俺、強くなってたか?」

「うーん?ああ、少し早くなってたかな、動きが。後はびっくりするくらい耳が良くなってたね。主恩の能力は聴覚にきてるっぽい。リオンも楽しみにしてたからなー、主恩に能力が現れるようになるの」

 能力?なんのことだ?頭に?マークを浮かべる俺に気が付いたライアは笑って説明してくれた。

「ごめん、ごめん。主恩は知らなかったよね、私たちの故郷のこと」

「ライアの故郷…?ってことは父さんの?」

「そう。世界にはここ、初花国と隣の玉国、そして北側にニーナってところがあるの、知ってるよね?」

「ここと海の上しか俺は知らなかったよ、俺は」

「あれ、教えてないっけ?もう、めんどくさいなあ。最初から説明しなきゃいけないじゃん」

「端折るなよ、ちゃんと説明してくれ」

「はいはい。えーっと。ここ初花国は別名、花の都って呼ばれていて一年中様々な花が咲き乱れている国で、小さな国々が集まってできた国です」

「あれだろ、なんか藩だとか言うのがいっぱいあってそれを治めているのが確か、菊藩の大宮っていうお殿様」

「そうそう。大宮様が私たちにこの村を分けてくれた人ね」

「そこまでは知ってる、で玉国とニーナってのは?」

「順番に説明するってば。玉国って言うのは初花国と国交がある隣の国でとても大きな国。主恩の持っているその剣、あるでしょ?フォーマの」

 手に握りしめた剣を見つめる。鈍く赤色に光るそれは、父さんの唯一の形見だった。父さんが持っていた剣。

「宝石でできているって聞いたけど」

「その宝石がフォーマって言って、玉国はそれの産出国。鉱石の中でも一番硬くて、磨けば随一の輝きを放つ宝石。希少価値は高いし、魔よけにもなるって評判。因みにそれ、売ったら船が三つは買えるよ」

 ふーん。宝石の割には輝きが鈍いのに。そんな高いのか、これ。

「まあ、それは装飾品としてってより武器として優秀って感じかな。フォーマを磨くことはできても刃に加工するのは困難だから。これが作れるの、玉国にも一人しかいなくて。大変だったなー。リオンがどうしてもって言って作ってもらったんだよね」

「そうなんだ…」

 この剣のこと、父さんに何も聞けてなかったから。そういうの、少しでも聞けるのはなんか父さんのこと少しずつ知っていくみたいで少し嬉しい。

「それで、ニーナってのは?」

「ニーナは玉国の北側に位置する国。私たちの生まれた国だよ。昔は初花国みたいにちいさな国がたくさんあったんだけどね、今は統一されて一つの国になっちゃった。それで、そのニーナにはね、少し変わった能力を持ったエルフって種族が暮らしていて。もう絶滅しちゃったけど。ここから、能力の話、本題入るからちゃんと聞いていてね。エルフと人間の混血種が今でも生きていて、その混血にはエルフの血が入ってるからか何かに秀でた能力を持つものが多くてね」

「じゃあ、父さんたち、ライアもレオも人間じゃないってこと?」

「どうして、そうなるの。少し能力が突出してるだけで私たちも人間よ。いや、リオンは違うか。リオンは唯一の純血種だからすべてにおいて人より秀でた能力を持ってたから。特に運動能力は優れてたな、小さいころから」

 ライアが懐かしそうにつぶやいた。なるほど、と言っていいのかわからないが俺はライアやレオ、父さんと同じで聴覚が優れているって能力を持っているってことか。

 とても信じられないけど。でもそう考えるとライアの馬鹿力もレオの視力の高さも納得がいく。父さんはそれがすべてにおいて備わっていたって。そう考えるとすごい。でも、父さんが強かったのは事実だけど、ライアとかレオとかみたいに特段すごいって思ったことはない。それにそんなすごい能力があるのに、ならなんで死んでしまったんだ、父さんは。

「父さん、ほんとにそんなに凄かったの?」

「主恩だってリオンが強かったのは知っているでしょ?」

 素直にその言葉に頷く。でも信じられないんだ。だって、父さんはいなくなってしまったんだから。

「昔のリオンを主恩は知らないもんね。しょうがないか」

「昔の父さん?」

「リオン小さい頃から純血種ってこともあって特別身体能力が優れていたから、めちゃくちゃ強くて。ちょうど今の主恩ぐらいのころにはもう近衛兵の一員だったから。近衛兵って言うのは簡単に言うと王様を守るための兵隊のことね。私たちみんな、そこに入っていてそれで出会ったの」

 俺ぐらいの年の父さんが想像できない。なんか生まれた時から父さんは父さんとして存在してたんじゃないかって思ってしまう。

「どんな子だったの、父さん」

「リオン?冷静で、出された命令は完璧にこなしてた。ちょっと冷たいとこもあって笑うことはほんと、滅多になかったなあ」

 俺は驚いた。俺の前では父さんあたたかくて、笑ってばかりいて、俺のこと本当にかわいがってくれたから。俺でさえ構いすぎじゃないかって思うぐらい。顔はもうぼんやりとしか思い出せないんだけど、笑い声だけはちゃんと覚えている。少し高い声でけらけらと大きく笑う人だった。

「リオンが良く笑うようになったのはあの人、主恩のお母さんに出会って主恩が生まれてからかな」

「母さん?母さんってどんな人だったの」

 ライアの口から母さんの名前が出たのは初めてだった。俺は自分の母親のこと何も知らずにいたから、気になって聞かずにはいられなかった。

「えっと、私もよく知らないんだ、ごめんね、主恩」

「知らないって。そんなことないだろ、だってずっと父さんと一緒だって」

「ずっと一緒にいたって知らないことはあるの、それにあの人は主恩を生んですぐに亡くなっちゃったから一緒に過ごした期間は短いし」

「それでも、少しはあるだろ、何か知っていること」

「玉国の人ってこと、それぐらいだよ」

「本当に?」

 ライアにその後も何度か問いかけてみたけどはぐらかしてばっかりでそれ以上のことは何も教えてくれなかった。まるで聞かせたくないこと、みたいだ。どうしてだろう。

「おーい、ライア!主恩!そろそろ帰ってこい、朝飯にすんぞ」

 レオが丘を登ってくる。低い声が辺りによく響いた。

「もう、そんな経ってたの?どうりでお腹空いたと思ったー!」

 ライアが俺に手を差し出す。俺はその手を取り、立ち上がった。全身が悲鳴を上げてるみたいだ。

「ああ、また派手にやったみたいだな」

 ボロボロの俺を見て、負ぶってやろうかとレオは笑った。そんな子供っぽいことできるか。俺だって、まだ小さい、けど子供じゃないんだから。この国では十二から大人として扱われるんだし。

「ライア、お前ももう少し手加減してやれよ」

「いや。というかそんな器用なことができない」

「お前はそういうやつだもんな。だからってまあここまでボロボロにしてやることないだろ」

「だって能力がわからなかったもの、仕方ないじゃない。わかんない間はこっちの方がケガするかもしれないでしょ」

「お、能力、出てきたか。なんだった?」

「聴覚。私やリオンよりレオに近いね。色々教えてあげて。私はお腹空いたからさっさと帰る。じゃね」

 ライアは飛ぶように丘を駆け下りていった。

「主恩の能力は聴覚か。諜報には有利だが、実践には不向きだな」

 レオはその後もいくつか質問して、俺の能力がどんなものか試していた。その結果、俺の聴力は今、動物でいうウサギ並みらしい。

「日常生活には支障ないか?」

「意識しなければ大丈夫」

「必要だったら能力抑えるものやるよ。俺は目だったから、メガネでよかったけど。耳だからな。耳当てでも作るか」

「嫌だよ、暑い」

「そいつは工夫してやるって。なんにせよ、そうか。能力が出てきたか。お前、本当にリオンの子だったんだな」

「何それ。俺が父さん以外の誰の子だっていうの」

「いやー。お前ら似てないじゃん。普通純血種の血が濃いから、大概そっちに似るんだ。でも、お前肌の色も目も髪も全部違って、あの人にそっくりだったから」

「それって、母さん?」

 レオが言葉を失う。しまったって顔。レオも俺には母さんのこと話したくないんだ。そう言えば、父さんにも昔、母さんのこと聞いたことがあったけど何も答えてはくれなかった。母さんのこと、なんでそんなに隠したがるんだろう。

「教えてよ、レオ。なんで黙るのさ」

「俺もよく知らないんだよ、ごめんな。お前によく似てたってことぐらいだ」

「じゃあ、玉国の人だっていうのは?ライアがさっきそれだけ教えてくれたんだ」

「リオンからそうだってことを口伝に聞いただけだからなあ。本人がそう言ったわけじゃないからなんとも」

 明言を避ける感じ。でも、きっとこれは確かなんだ。俺を生んですぐに亡くなった母さんは玉国の人で俺に似ている。どんな人だったんだろう。

 レオもこれ以上はよく知らないからの一点張りで何も答えてくれなかった。その後は二人無言で家へ向かう。

 朝めし、何だろうなー。また干物焼いたのとご飯、かな。それとも今日何か獲れてたらそれもあるかも。母さんのことはまた油断したらぽろっと言うかもしれないからその時にまた聞いてみよう。

 海の香りが強くなってきて、足場もふかふかとした砂浜へ変わっていく。掘立小屋みたいに絶妙なバランスで建っているのが我が家だ。屋敷をくれるって話もあったみたいだけどライアが落ちつかないって理由で木材持って来て自分で建てたってこの前言ってた。

 家からもう突進してくる人影。砂煙上げて隠す気もない大きな声でレオー!と叫んでいる。

「瞬臣か…」

「朝から熱心だよな、お前もあいつも」

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朱恩の冒険 伝説の海賊とその息子 青空 @aozora6

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