木魚
@chikala
第1話
「木魚」
木魚はいつから陸に住んでいるのだろう。
もう、嫌と言うほど叩かれて、充分役目を果たしたのだから、そろそろ海に帰してあげなくては。
僕は、夜中にこっそりお寺の本堂に忍び込んで 一番古そうな木魚を脇に抱えて海に向かって駆け出した。
真っ暗な街の中を木魚を抱いて走りながら
僕はこう尋ねた。
「今日は何度叩かれたの?」
木魚は、にやっと笑うと
「俺は古すぎて、もう誰も叩いてくれやしないんだ」
と、寂しそうな声を出した。
(そうか。古い木魚はお役御免になっていたんだ。)
「だけどやっぱり本当の場所は海でしょう?」と聞くと木魚は、
「生まれたのは森だ。」と言った。
「だから海の事は何一つ知らないが、
死ぬ前に一度、海を見てみたかったんだよ。
ありがとう。」
それを聞くと僕はなんだかとても悲しくなって、海を知らずに朽ち果てる運命の木魚のことが無性にいとおしくてたまらなくなった。
(お母さんみたいな大きな海に、木でも魚でも
もう一度、あたらしい命をもらえますように)
ようやく朝日に映える海にたどりつくと、
僕は沖へ向かってしゃにむに木魚を放り投げた。
水面に落ちる反動で、海の飛沫が上がる前、
くるりとこちらを向いた木魚の目に
確かに涙が光ったように僕は感じた。
木魚 @chikala
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