脳髄髑髏館怪奇多重密室連続殺人 ~Worst case~


栃木県の山中にひっそりとそびえる民宿、脳髄髑髏館のうずいどくろかん

静かな山林に囲まれつつ、森を少し歩いた奥には迫力のある滝が流れていて観覧には申し分なく、素朴ながらも味わいのある山菜料理は誰もが舌鼓を打つという、知る人ぞ知る名宿とされていた。



ところが先日、その脳髄髑髏館で大事件が起きた。

泊まっていた宿泊客たちが、一夜にして5人も惨殺されてしまったのだ。


殺害されたのは、連休を利用して卒業旅行に訪れていた大学生グループ。

彼らは前の晩まで他の宿泊者と同じように自然を満喫し、宿の夕食に舌鼓を打ち、温泉でくつろいでいたのだが、翌朝になると無残な死体と変わり果ててていた。


しかも彼ら5人は、なんとそれぞれが別々の場所で、完全に閉ざされた密室の中で殺されていたのだ。

一人目は自室で絞殺されていた。死体の脇にはのトランプが落ちていた。

二人目は温泉で刺殺。床のタイルには『M・F』というが残されていた。

三人目は食堂で毒殺。皿の上には宿で出していないはずのが盛られていた。

四人目は宿のボイラー室で焼死。男性なのに、何故かを履かされていた。

五人目は支配人室で斬殺。が斬られており、その行き先は杳として知れなかった。



「ううむ。平和な脳髄髑髏館で殺人だなんて、前代未聞のことだぞ」

調査に訪れた刑部田けいぶだ気武男けぶお警部は、五つの死体を見て頭を抱えた。

「しかも、誰も彼もがカギの掛かった空間での密室殺人とは。まるで推理小説だ」


「警部。昨晩の状況がだいたい分かりました」

そこにやってきたのは、刑部田警部の部下である蕪加元ぶかもと舞華ぶか

まだ若いながらも、刑部田の片腕として活躍する女性刑事だ。

「昨晩この脳髄髑髏館にいたのは、被害者たちを除くと支配人・女将・12人の従業員・26人の宿泊客・そして宿のマスコット的存在でもあるチェシャ猫です」

「チェシャ猫は、数に入れなくてもいいんじゃないか」

「最近は動物が犯人というパターンも多いですから」

「ふうん」

よく分からないが、刑部田は頷いた。



鑑識が現場を一通り調べ終え、チェシャ猫を含めあらかたの事情聴取を終えてはみたものの、刑部田には事件の糸口が何も掴めなかった。


「もう駄目だ。こりゃあ大変な難事件だ」

刑部田は弱音を吐いた。

「わしのような地方県警には身に余る。悔しいが県警本部に仰いで、警視庁に協力を要請するか、科捜研でも呼んでもらうとするか……」

「あっ。待ってください、警部」

しかし刑部田の言葉を、蕪加元が遮った。

「どうした蕪加元くん。まさか犯人が分かったのか?」

「いえいえ、そういうことじゃないんですが。あの、もしも警部のお許しが得られれば、なんですけど……を呼んでもいいでしょうか?」


「探偵ぃ?」

刑部田の声が裏返った。

「実は、わたしの知り合いにがいるんです。普段から、難事件に困った時はこっそり相談してまして……」

蕪加元は少し恥ずかしそうに言った。

「ま、まさか蕪加元くん。よくきみが事件をいったん家に持ち帰って、翌日には見事な解決策や真相を提示してくれるのは……」

「はい。実は、いつも名探偵の力を借りているんです……」

もじもじとする蕪加元。

「なんてこった。きみは若いのになかなか凄腕だと思っていたが、まさかそんなカラクリだったとは……」

驚き呆れつつも、刑部田は考える。

探偵でもなんでも、とにかく事件の解決に繋がりそうなら、縋ってみるか。

もしボンクラ探偵で役に立たなくても、自分の腹が痛むわけではない。

「どんな探偵なんだ。ひょっとしてホーロック・シャームズとか」

「まさか。さすがに世界一の名探偵は呼べません。でも、わたしの知人の探偵は、彼に勝るとも劣らない能力を持ってるんです。まあ、性格や容姿に少し難があるかもしれませんけど……」

「かまわん、かまわん」

刑部田は大仰に頷いた。

「変わり者でもなんでもいい。とにかく事件さえ解決してくれればいいんだ。蕪加元くん、さっそくきみの知人の探偵とやらを呼んでくれ」

「分かりました。今から連絡を取りますので、明日には到着すると思います」

そう答えた蕪加元は、ポケットから取り出したスマートフォンで電話を掛け始めた。



その翌日。

脳髄髑髏館の前に、一台の大型バスが停まった。


待ちに待った名探偵が、ゆっくりとバスから降り立つ。






「やれやれ、また厄介な事件に巻き込まれたもんだ」

町で小さな事務所を構えている名探偵・神村かみむら京太郎きょうたろうが言った。


「ふむ、15分に一本の三分岐運行ですか。早くも幾つかのアリバイが崩れそうだ」

時刻表トリック破りの名探偵・十津河とつかわ抄造しょうぞうが乗ってきたバスの時刻表を眺めた。


「この世には、不思議なことなど思ってるほど多くはないのですよ」

古本屋探偵・小善寺しょうぜんじ冬彦ふゆひこの横で――りん、と風鈴が鳴った。


「いやあ、秋葉原は最高でした。桃色の脳細胞が刺激されますなあ」

ベルギーから来日した名探偵・エロキュール=ドエロが偏見に満ちた意見を言った。


「俺が来たからにはどんな事件でも解決してみせる。じっちゃんの名にかけて」

日本一の名探偵を祖父に持つ男・金田かねだ一一いちかずがポーズを決めた。


「殺生は十悪の中でも最も忌むべきもの。犯人には鉄槌を下してくれよう」

虚無僧名探偵・郷田ごうだ冥道みょうどうが修行の時に和尚が坊主の肩をしばくやつを振り上げた。


「仮に犯人をXとしよう。被害者の数は5だ。ところで円周率はπでE=MC²だから」

天才学者名探偵・我利がり怜雄れおが黒板に数式を書き始めた。


「余計な情報がない分、私の聴覚や嗅覚は様々な違和感を捉えるのです」

盲目の名探偵・座塔ざとう一郎いちろうが白杖を撫でながら微笑んだ。


「俺のかわいい下僕たちよ、現場のあらゆる情報を調達するのだ!」

蟲使いの名探偵・五木ごき鰤男ぶりおが大量のムカデを放った。


「事件発生時にいた人間は約40人ですか。まあ一瓶あれば十分でしょうね」

関係者全員に自白剤を投与する名探偵・薬田くすりだ盛夫もりおが注射器を構えた。


「我が秘密警察の機動力をもってすれば、今回も犯人の確保は容易たやすい」

無関係の人間を無理やり犯人に仕立て上げる名探偵・下司げし勇太ゆうたが敬礼した。


「今宵も振ろう、運命の賽子サイコロを……」

振ったダイスの目で犯人を当てる名探偵・賽田さいだ振男ふりおが20面ダイスを構えた。


「とりあえず女将が犯人ってことにしとこうぜ」

当てずっぽうで犯人を当てる名探偵・乱田らんだ夢幻むげんが適当なことを言った。


「被害者の霊が降りてきたわ……え、そんな理由で履いてたの? 気持ち悪っ!!」

イタコの名探偵・井田いたこうが男性被害者がスカートだった理由を聞いてドン引きした。


「身体は子ども、頭脳はもはや老人よ……」

小学生名探偵・烈手川れてがわバナンは今年で連載60周年を迎えていた。


「にぃ」

人語を解する名探偵猫・根木田ねこたにゃんきちが香箱座りで鳴いた。


まがしきは いのち奪いし 真犯人 どんなトリック 使いたるやら」

歌人の名探偵・西園寺さいおんじ公麿きみまろが一句詠んだ。


「フフフ……どうやらまんまと騙されたようだね、少年探偵団の諸君」

名探偵・空地あきち弧五郎こごろうかと思われた男は、実は怪人かいじん五十面相ごじゅうめんそうの変装だった。


「アリバイのある人間を除外していけば、最後に真犯人が残る。単純な理屈です」

論理的消去法で犯人を絞り込む名探偵・絞沢しぼりざわ言葉ことはが眼鏡のつるを持ち上げた。


「姉貴はいつもヌルいんだよ。邪魔な容疑者はどんどん消しゃあいいんだ」

物理的消去法で犯人を絞り込む殺人鬼名探偵・絞沢しぼりざわ締男しめおがロープを構えた。


「どうせまた読者か作者が犯人オチだろ」

いっとき流行ったメタ名探偵・大枠おおわく超介ちょうすけは最近同じネタばかりでやさぐれていた。


「視える……早く解決しないと、明日の夜には第二の惨劇が……」

未来予知能力を持つ名探偵・未知みち知理しりが予言した。


『皆さんの時代の技術では、今回の事件は荷が重いでしょう。ヒントをあげます』

過去の資料を閲覧する名探偵・禍古かこ観太みたが西暦2300年から5chに書き込んだ。


『ピー、ガガガ。ナゼ人ハ人ヲ殺スノカ。尊イ命ヲ。ワタシニハ無イ命ヲ……』

ロボット名探偵・Ωオメガ-MkⅢマークスリーの自律成長回路には『心』が芽生え始めていた。


「もういい加減このパターン飽きたわ」

現場に迷い込んだ一般人・佐々木ささき智香ともかさん(18)はしらけていた。


「ぐわぁぁぁおおおおおおおぉぉぉぉぉぇぇぇぇん!!!」

名探偵大怪獣・ジラーゴはどうやってバスに乗っていたのだろう?


「クックック。たとえ余が真犯人を追い詰めようとも、第二・第三の真犯人が……」

名探偵魔王・ヴォジャカーンは永遠に続く犯人との知能戦に酔いしれていた。


「もしかして……『全能』のスキルを使えば真犯人が分かるんじゃないのか……?」

異世界から帰還したおれは、今度はその知識をもとに名探偵として活躍するようです。


「宇宙の全てはアカシックレコードに記載されておる。そう。犯人は……」

世界を創造した名探偵・かみは厳かに告げた。


「今回もつまらない真相だったわね。さっさと次の事件に移りましょう」

神を超越した名探偵・インビンシブルは既に事件への興味を失っていた。




「はっ、犯人は! 一体、犯人は誰なんだね!」

「それは……」

刑部田警部の問い掛けに、30人の名探偵はまったく同じ結論を告げた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



5人は自殺だった。

犯人など、どこにもいなかったのだ。


「まあ、最初からまともな解決が用意されてないのは分かってたしなあ」

「しょうもな」


刑部田と蕪加元は山菜料理に舌鼓を打ったあと、パトカーで脳髄髑髏館から去った。

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