たのしい忘年怪! ~Let's Party time!!!!!~

12月、師走しわす。世間にいよいよ一年間の総まとめが近づいてきた。


居酒屋『どつぼ』の店主・土壺どつぼ堀太郎ほりたろうは、今日も昼間の繁華街を歩いていた。

同業者である町の飲食店の前に掲げられた『催し物看板』を確認し、どのような団体がどのような店を利用しているかリサーチするためである。


『歓迎 犬神いぬがみ法律事務所 御一行様』

『19時より予約、13名 有限会社・雷魚らいぎょのノモジマ忘年会』

諸喪無しょもな高等学校、一年間お疲れさま会 一階 菊の間 18:30~』


12月は言うまでもなく忘年会のシーズン。平日にも関わらず、どの店も普段より多くの予約が入っている。自分の店も負けないように頑張らなければ。


「おや?」

どの店をどんな会社や団体が利用しているかメモしつつ歩いていた土壺は、一つの店の前で足を止めた。


『暗殺集団ダイダラ、仕事納めの大年会 30名様 18:00~』


一軒の焼肉屋の玄関に、そんな表示が出されていたのだ。


団体名がふざけているのは、まあ別に構わない。ウケ狙いの名前で予約を入れる馬鹿な客は、土壺の経営している居酒屋にも大勢いる。そんなことは特に問題ではない。

問題は、『忘年会』の、『忘』の字が間違っているということだ。


「もしもし、開店前に失礼。私は近所の居酒屋の者です。大きなお世話かもしれませんが、玄関看板の文字が間違っているみたいですよ」

同業者としての親切心から、土壺は店の入り口を叩いた。


「ああ、これは敢えてこうしているんですよ。書き間違いではありません」

出てきた店主は、土壺に説明した。

「もう終わる今年をれるのではなく、来年がみのある一年になりますようにとの期待と願いを込めて、敢えて望年会ぼうねんかいという名前にしているんです。近ごろ、巷で流行りの表現なんですよ」


「ほほおぉ……」

店主の言葉に、土壺は深く感心した。



「なるほど。面白い趣向だし、うまい。世の中には頭の良い人間がいるなあ」

リサーチを終えた帰り道。土壺は繁華街を歩きながら考える。


望年会ぼうねんかいとは、なかなかいいアイデアだ。

この例にあやかって自分の店も新しい忘年会アピールの方法を考えれば、世間の注目を浴びて一山当てられるんじゃあなかろうか。


「……よし、やってみるか!!」

店に帰った土壺は、いそいそと新しいパンフレットを作成する。


翌日から居酒屋『どつぼ』は、様々なかたちの『忘年会』を催して客引きを始めた。






~『訪年会ぼうねんかい』を開いてみた~

いろんな客がたずねてきて、店はちょっぴり儲かった。


~『貿年会ぼうねんかい』を開いてみた~

貿易業関係の宴席がたくさん入ってきて、店は少し儲かった。


~『防年会ぼうねんかい』を開いてみた~

自衛隊の人々が大勢きて、店はけっこう儲かった。


~『帽年会ぼうねんかい』を開いてみた~

帽子業者が押しよせ、店はとても儲かった。


~『紡年会ぼうねんかい』を開いてみた~

紡績関係の会社が多く入り、店は物凄く儲かった。


~『忙年会ぼうねんかい』を開いてみた~

オーダーした飲み物が遅いとすぐにキレるせわしない客ばかり集まり、店は儲かったがとても疲れた。


~『坊年会ぼうねんかい』を開いてみた~

近所の小学生がたくさん来てくれたが、ノンアルしかオーダーしてくれないので、客数に反して店の儲けはそれほどでもなかった。


~『蒡年会ぼうねんかい』を開いてみた~

きんぴら、炒め物、酢和え、甘辛煮などなど、全国の様々な牛蒡ごぼう料理が振る舞われた。評判はあまり良くなかったが、料理原価が異常に安くあがったので、その日の売り上げは結果的に上々だった。


~『剖年会ぼうねんかい』を開いてみた~

個人開業医や鑑識医、人体学者や精肉業者などの解剖かいぼう技術者たちが多く訪れた。彼らは黒毛和牛ステーキやホッケやモツ鍋をけてけてけまくり、その日の売り上げはそこそこだった。


~『乏年会ぼうねんかい』を開いてみた~

くたびれたサラリーマンやしょっぱい大学生たちがひっそりと訪れた。彼らは枝豆や冷ややっこだけで何時間も粘り、その日は全くと言っていいほど儲からなかった。


~『肪年会ぼうねんかい』を開いてみた~

食べ飲み放題プランを売りにした催しには、体脂肪しぼう率30%超えの巨漢たちが大挙して訪れた。もちろん巨漢たちは多くの料理とドリンクを飲み食いしたが、やはりその量には限度があるので、その日は結構な額の黒字になった。


~『膨年会ぼうねんかい』を開いてみた~

全国のフードファイターが続々と訪れた。連中は腹が膨れるまでに異常な量を飲み食いし、その喰いっぷりは肪年会ぼうねんかい参加者の比ではなかった。二匹目のドジョウを狙って前回のように食べ飲み放題プランを適用したのが仇となり、トータルではその日の売り上げが赤字となってしまった。


~『冒年会ぼうねんかい』を開いてみた~

全国の登山家や猟師や漁師や戦場カメラマンたちが訪れた。冒険ぼうけん野郎たちは朝獲れ新鮮刺身盛りやジビエ料理をただひたすらに喰いまくった。今回はちゃっかりと食べ飲み放題プランの存在を隠蔽していたので、店の売り上げは大幅に伸びた。


~『妨年会ぼうねんかい』を開いてみた~

酒乱やイキリ大学生たちが殺到した。彼らは飲んで暴れて辺りにゲロを吐き散らし、後輩に一気飲みを強要して急性アル中で救急車を呼ばせ、ありとあらゆる手段で店の営業を妨害ぼうがいした。


~『暴年会ぼうねんかい』を開いてみた~

店の駐車場が黒塗りのベンツやセンチュリーで埋め尽くされた。その日に店で起こった事件の恐ろしさは、店員たちに妨年会ぼうねんかいなど所詮は素人の集まりに過ぎないのだと思わせるのに十分なものだった。


~『鵬年会ぼうねんかい』を開いてみた~

白鵬はくほうがやってきてちゃんこ鍋を食べた。ただそれだけの夜だった。


~『房年会ぼうねんかい』を開いてみた~

その日の店の前にはぽつねんと、一房ひとふさのブドウが置かれていた。


~『暮雨年会ぼうねんかい』を開いてみた~

当然その日の夕暮れには雨が降った。


~『虻年会ぼうねんかい』を開いてみた~

大量のあぶが発生し、店員たちは刺されまくった。


~『棒年会ぼうねんかい』を開いてみた~

細長いぼうがわらわらと集まってきた。わけがわからなかった。


~『俸年会ぼうねんかい』を開いてみた~

年俸ねんぼう数千万円のプロアスリートたちがやってきた。彼らは最高級の料理を食べまくってドンペリを何本も空け、店は一晩で巨額の売り上げを達成した。


~『謀年会ぼうねんかい』を開いてみた~

身なりのいい紳士たちの会合が催された。彼らは最高級の料理を食べまくってドンペリを何本も空け、店は一晩で巨額の売り上げを達成した。しかし後日請求となっていた宴会料金はいつまで経っても振り込まれなかった。たばかられたのだ。


~『某年会ぼうねんかい』を開いてみた~

某月某日ぼうがつぼうじつに開かれたその会合は、某所ぼうしょからやってきた何某なにがしかたちで埋め尽くされた。店はそこそこの売り上げを記録したが、支払いが某国ぼうこくの通貨だったため日本円への換金に手間取った。


~『傍年会ぼうねんかい』を開いてみた~

10万人の人間が店のそばまで訪れたが、入店は一人もしてくれなかった。その日の売り上げはゼロだった。


~『呆年会ぼうねんかい』を開いてみた~

記憶が曖昧となりつつある老人たちがたくさん訪れた。ぽつぽつと語り合うもほとんど会話の成立しない、悲しい夜となった。


~『亡年会ぼうねんかい』を開いてみた~

閻魔大王に引き連れられ、地獄の亡者もうじゃどもが束となって押し寄せた。中には先日の呆年会ぼうねんかいの参加者も混じっており、やはり悲しい夜となった。


~『貌年会ぼうねんかい』を開いてみた~

美貌びぼうのTVアイドルや背中に鬼のかおを持つ男、無貌むぼうの神ニャルラトホテプなどが訪れ、その夜はわけのわからぬ様相を呈した。


~『Bowぼう年会ねんかい』を開いてみた~

町中の野良犬が集まってきてバウバウと吠えまくり、店は警察に通報された。


~『芒年会ぼうねんかい』を開いてみた~

六人の男たちが訪れ、ばらばらの席に座った。その椅子が六芒星ろくぼうせいの魔法陣を描いて輝き始め、光の柱の中から無貌むぼうの神ニャルラトホテプが二度目の来店を果たした。


~『懋年会ぼうねんかい』を開いてみた~

その日の客はゼロだった。誰も、何も思いつかなかったらしかった。





迷走しまくった居酒屋『どつぼ』から常連は次々と離れ、客足は完全に途絶えた。

店主の土壺どつぼ堀太郎ほりたろうは首を吊り、翌日、亡年会ぼうねんかいに参加した。

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