矛盾 ~Top of the World~

むかしむかし。あるところに、おじいさんとおばあさんがおりました。

ある日のこと。おじいさんとおばあさんは町へ買い物に出かけました。


町へと続く野道を歩いていたとき、おじいさんは言いました。

「ばあさんや、見てみい。露店が出ておるぞ」

言われたおばあさんが目をやると、道端に一人の行商人が屋台を立てておりました。

「あら、本当ですねえ。じいさん、ちょっと覗いてみましょうか」

二人は屋台に立ち寄りました。


「さあさあ、いらんかね、いらんかね。南蛮渡来なんばんとらいの珍しいものばかりだよ。いらんかね、いらんかね」

簡素な屋台では、店主が元気に声を張り上げておりました。

舶来はくらい品を売っておるのかい」

おじいさんが訊ねると、店主はにっこり笑って頷きます。

「そうだよ。ここで売っているのは本当に珍しいものばかりだ。たとえば、このほこ

言いながら、壁に飾っていた立派な矛を取り上げます。

「この矛は、という世にも珍しい鋼で造られているんだ。これで貫けないものは決してないという、最強の矛だよ」

「貫けないものはないだとさ。すごいねえ、ばあさんや」

「それはまき割りに便利そうだねえ。一つもらおうかねえ」

おばあさんはにこにこして答えます。

「驚くのはまだ早いよ」

ものが売れそうで上機嫌になった店主も、にこにこして続けます。

「こっちのたてはね、という鋼で造られていてね」

同じように飾られていた立派な盾を、自慢げに取り上げます。

「この盾は、どんなに強い攻撃を受けても決して壊れない盾なんだ。達人の剣戟けんげきだろうが火縄銃の弾であろうが跳ね返してしまって、傷ひとつ付かない。この世で防げないものはないという無敵の盾だよ」

「防げないものはないだとさ。すごいねえ、ばあさんや」

「じいさんにを受けても安心だねえ。こっちももらおうかねえ」

おばあさんはにこにこして答えます。


「あら……? ちょっと、商人さんや」

ふと気づいたおばあさんは、首を傾げて訊ねました。

「なんでも貫く最強の矛と、なんでも防ぐ無敵の盾と言ったねえ」

「ええ、ええ。そのとおり」

「なら、その矛でその盾を突いたら、どうなるんだい?」

「ええっ?」

にこにこしていた行商人は、その言葉を聞いて困った顔になりました。

「矛が盾を貫いたら、盾は無敵じゃあなかったことになる。矛が盾を貫けなかったら、矛は最強じゃあなかったことになる。これは矛盾むじゅんしてないかねえ?」

おばあさんはしれっとなことを言います。

「そ、それは……」

行商人は言葉につまり、しどろもどろになってしまいました。


「ほっほっほ。ばあさんや、大丈夫だよ」

おじいさんが、にこにこと笑って言いました。

「それにはな、ちゃあんと解決策があるんじゃ」

「あら。どういうことですか、おじいさん」

「実際にやってみればわかるさ」

そう言ったおじいさんは、製の盾をよっこらしょと構えて見せます。

「さあ、ばあさんや。わしが盾を持っておるから、ばあさんは矛のほうで思いっきりわしを突いてみなさい」

「ええっ!」

おばあさんは仰天しました。

「いけませんよ、じいさん。もし矛が盾を貫いたら、じいさんに刺さってしまうじゃないですか。困りますよ、受取人による殺人では保険金がおりないんですから」

のことは謝るよ」

おじいさんは笑顔のままです。

「しかしばあさん、心配は要らん。どうしてかと言うとな、ばあさんがその矛で突いても、この盾には決して、傷のひとつもつかんからじゃ」

「ええっ? それでは、なんでも貫くという矛が嘘だったことになりますよ」

「ほっほっほ、そうでもないのさ。これはつまり、考え方の問題じゃ」

おじいさんはおばあさんに説明します。


「まず、矛が盾を貫いた場合。これはもう言い訳が立たん。何でも防ぐ盾が壊れてしまったわけだからな。しかし、矛が盾を貫けなかった場合。こちらも何でも貫ける矛が貫けなかったわけだから設定が破綻したように見えるが、実はこっちでは、まだ言い訳が立つようになっておるのじゃ。つまり、

「……ああ、そういうことですか!」

少し考えたおばあさんは、合点がいったというように頷きました。

「ばあさんの。だからうまく貫けなかっただけである。決して自分の性能が足りなかったわけではない……と、矛の立場からは、ことの不備を使にできるんじゃよ。むしろこうすることでしか、最強の矛と無敵の盾の設定を両立させることはできんだろう。だからこの勝負、論理的には絶対に盾が貫かれないようになっておるのさ」

「なあるほど。じいさんは本当に賢いですねえ」

おばあさんは感心してにこにこと笑います。

二人の話を聞きながら、行商人もにこにこと笑っています。

「そうと分かれば心配はありませんね。じゃあ、ちょっくらこの矛でその盾を突いてみましょうかね」

おばあさんは製の矛をよっこらせと持ち上げました。

「おう。どんとこい、ばあさんや」

おじいさんもにこにこと笑って盾を構えます。

「いきますよ、じいさん。えいやっ」

おばあさんは、最強の矛を無敵の盾に思いっきり突き出しました。


次の瞬間。大気が振動し、辺りに強烈な爆発音が響きました。

物体の動きが超音速に達した際に発せられる衝撃波、俗に言うです。

盾を持ったおじいさんの身体は屋台の壁を突き破り、その向こうにあった森の木々を薙ぎ倒し、さらに向こうにあった名古屋城を一筋の光となって貫きました。

そして盾――既におじいさんの身体は原形を留めていません――は第一宇宙速度を突破したまま軽々と大気圏を脱出し、亜光速で月を破壊し、そのまま遥かなる星の海へと旅立ってゆきました。

最強の矛と最強の盾の、無尽蔵のエネルギーを推進力として。

どこまでも、どこまでも、永遠に。


「この矛を買わせてもらうよ。色んなことに役立ちそうだからねえ」

最強の矛を高らかと天に掲げ、おばあさんはにこにことわらいました。

「しかも、この矛の突きを防げる唯一の盾は、もう戻ってはこないだろうしねえ」

腰を抜かした行商人はぶるぶると震えながら、おばあさんを見上げていました。


おばあさんが第六天魔王として地上を制覇するのは、もうすこし先の話です。

とっぺんぱらりのぷう。

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