第2話

(あ、また死んでる…)


今日見つけたのは、都会では珍しい山鳩の若鳥…の亡骸。

たぶん、強烈なビル風に巻き込まれたのだろう。

首が折れ、既に息は無い。

冷たい亡骸を手に取り、牙を立てる。

肉に食い込んだ牙が筋と骨をへし折り、冷たい赤色が口元を染めた。


私には、昔から癖がある。

それは、道路脇でカラスや猫の死骸があると、人目のない所で食べてしまうことだ。

屍肉食癖、というらしいが、まだ食事は普通にできるし味が分からない訳でもない。

───ひゅうひゅうひゅう。

ビル風は、未だに止まない。

嘴も羽の1枚も残さずに山鳩の亡骸を食べ終えた私は、夜のビルヂングの屋上から眼下に広がるネオン群を見下ろして浅く溜息をついた。

人の世界から退いて40年が経っていることを、偶然公園で拾った新聞から知った時、わたしは己が完全に「生物の理」から外れた存在なんだと再認した。

鋭いビル風のしなる音がまるで歌っているみたいで、心地よく頭が冴えていく。


冴えたついでに、「こうなった原因」を私はゆっくりと思い出した。


あれは…9歳の冬のことだ。

地元のスキー教室に通っていた私は講習中にホワイトアウトに巻き込まれて、谷底へ滑落した。

真っ白で孤独な世界の中に、音もなくゆっくりと落下して吸い込まれていく、重力に逆らって内臓が浮く不快な感触を覚えたのを最後に、私の記憶はそこで途切れたのだった。

なにがあったのは全く分からないが───次に私が意識を復旧させたのは自力で山道を下っている「最中」だった。

折れたスキー板を背負って、スキー靴で現れた私に周囲の大人たちは騒いでいたが、歯で口の中を切っただけでほぼ無傷な私はぼんやりしていた。


おそらく、山が助けてくれたのだ。

でなければ、間違いなく私は木に刺さって死んでいただろうに。

この時に私の『半分』は潰れて死んでしまって、代わりに山に生き山に命を還した虫や獣や鳥や植物の魂のカタマリ…山精が私の半分になった。

だから、私はケモノの亡骸を見つけると「弔い」の意味を込めて食べずにはおれないのだ。

昔話のような、自嘲のようなものを一通り思考から吐き出して「わたし」は溜息をつく。


一体、私は何者なのだろうか。


加齢せず衰えない上体だけ残ったオンナの肉体に、腰から混ざっている黒豹の身体。

長い髪から覗く耳介は大きくて丸みのある三角、なめらかで天鵞絨ビロードのような黒い毛皮は厚く、鋭い嗅覚と爪と牙をもち、蠍座の一等星のような目は青い。

気分次第では人のような「なにか」の形をするが、人間ではないことは確かのようである。

それから更にまた時間が過ぎ、あとはもう数えるのが億劫になって覚えていない。

ただ、見つけたら食べてしまうループからは未だに抜けられていない。

常にアタマがもやもやしていて、記憶が定まらないのも───きっとそのせいだ。


日光が眩しくて熱くて、本能的に日陰を探して行動する内に私はいつしか昼間に出歩くことを止めた。

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─ヤドリコ─ 宵待 紗雪 @enoki_kaho0330

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