第1話

それからの数年を、私は街の片隅で暮らした。

特に都合もないから、夜の飯場で働けば十分な稼ぎと暮らしを手にする事ができる。

日陰のろくに日も当たらないぼろいアパートの一室で、二匹の最愛の「子供たち」との暮らしを愛おしみながら過ごした。


…………しかし、時間とは本当に軽薄で無粋なものだ。

地獄のような実家から連れ出して、3年。

よく懐き慕ってくれた最愛の「子供たち」は、順番に寿命を迎えて空へと帰って行ってしまった。


(──こんなイビツな私を「親」と思ってくれてありがとう、付き合わせちまって済まないことをしたね。)


息のない小さな亡骸を抱えて、私は山奥の大樹の根元深く穴を掘り、最期まで傍に居てくれた「子」を埋葬した。

傍らには、先に逝ったこの子の片割れが眠っている。


それから───私はアパートを引き払い「人」としての生活を捨てた。

もう「人間」でいる理由がないからだ。


…ああいや、もとより「人間」とすら呼べない存在だったから、元に戻ったとでもいうべきだろうか。

それからは…人が容易に立ち入らない山奥の熊穴で、そこで暮らすヒグマの一家と季節を共に過した。

まだ若い母熊と、3頭のやんちゃ坊主たちは好意的に「わたし」を迎えてくれた。


春が訪れ、夏の盛りを迎え、山が色付く秋を前に栗や茸や山菜の貯食をして冬に備える。


それをどれくらい繰り返したのかは、憶えていない。

おそらく、20~30年は経っていたのだろう。

みな、順番に寿命を迎え…私はその度に彼らの「命」を食べ、残った身体を埋めて山へと還した。


いつしか誰もいなくなった暗い熊穴が、現在わたしの居場所すみかだ。

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