─ヤドリコ─

宵待 紗雪

第0話 秋。


平成最後の秋、私は仕事を辞めた。

理由は……両親と妹への仕返しと、ただ単に「なにかと関わること」が面倒になっただけのことだった。


同居の両親はそれはもう、鬼のように発狂したが私にはもう、単なる他人事でしかない。

転居届は提出済み。区役所には所在の情報開示を求められても絶対にしないよう、固く念を押して手続きをした。


要は「縁切り」だ。


私の「母親」は、本当に名ばかりのしょうも無い女だった。

夫に養ってもらっている立場の専業主婦なのに「体が弱い」のを理由に、ろくに家事をせず資金繰りに困っても働きに出るのを拒んだあげくに常に「金がない」と嘆いていた。


そして───。

背に腹は代えられないならば働けばいいのでは? と知り合いに言われたことを、さも相手が悪者のように罵倒して同情を買うような卑屈なやつでもある。

ヤツは私に対して異様に敵愾心を剥き出しにし、10年もの間金銭を毟り取り続けた。


もちろん、汗水垂らして稼いだ自分の給料を守るべく、出来うる限り実力行使の肉弾で抵抗をした。

しかし…「育てた恩を仇で返すのか」「出来損ないが偉そうに息をするな!」「お前を育てるのにいくら無駄にしたと思っている」「女の出来損ない!」そんなような罵詈雑言を吐かれ暴れられ、月給の手取り数十万は結局すべて母親の豪遊に注ぎ込まれる運命を辿った訳である。


20歳で商社に務め、その10年後の今日に仕事を辞めて今に至るわけだが、罵倒のオンパレードを垂れ流す両親も、それに同調して抗議するニートの妹(28)も、もう私にはすべてが煩わしくて堪らない。


このクズども、まとめて殺して畑の肥やしにしてやろうか。

やろうと思えば、出来ないことではない。

(…いや待て。)

のたりと鎌首を擡げた殺意を、寸での処で「理性」が歯止めをかける。

今コイツらに指一本でも害を加えたらば「傷害罪」やらと騒がれて、自分の首が絞まるだけだ。

こんな屑にくれてやるほど、人生零落しおちちゃいない…。

金蔓が消えれば、いずれすぐにでも生活に行き詰って死ぬんだから放置すべきだ。

(腐れ死ね、どカスども!)

そんなドス黒い感情が湧き出すのを抑えつつ、私は通らない道理を喚き散らすバカ共の前を素通りして、纏めておいた荷物と二匹の「子供たち」を連れて家を出た。

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