紅茶のひととき
嫌な予感がしたぼくは、直ぐに変更転換をして。エキトの店に逃げこんだ。
だから、これは聞いただけの話だが。それからの展開は、怒涛だったらしい。
いつものように、仕事と言う名の地獄を味わっていたルシルに、魔法政府からの強制連行が行われたのだ。
関連した人物であるぼくにも執行者の手が及んだが、流石はエキトだったな。その撃退は見事だった。
「今ごろ、どうなっているかな」
「とりあえず拘束で、その後に聞き取りだろうね。まあ、何も出てこないと思うけど」
紅茶を飲みながら、エキトの店で会話をしている。
他には誰もいない、みんな大騒ぎでこんな場所に寄りつく暇はない。フルーツをはじめ、フィアたちにまで政府からの被害が及んでいるのだ。みんな連れていかれて、尋問でも受けているのだろう。
それはいいとして。驚いたことに、この男。人々が忘れてしまった記憶を、持っていた。
「エキトは凄い奴だったんだなあ」
「才能だけだよ。俺はただの商人だから」
流れ星に再生された世界に、前の記憶は残らない。
でも一部の人間だけは、それを残している。その一人が、エキトだった。
本当はルシルもその一人だったみたいだけど、元凶として滅ぼされたので失くしてしまったのだ。
だから、取り調べなんて意味がない。いや、そもそもだ……。
「この世界で初めて、生き残った破壊者だからな」
人類を滅ぼしたやつを流れ星が倒す。そして全てが再生されるのだ。
つまり、ルシルは滅ぼされていなければおかしい。二度と戻れないように、次の世界に残れないほどに。
だが……。
「あはっ。感謝してよね、あたしの力なんだから」
壁際にもたれかかっている、長身で三つ編みの女性。語るまでもなくセカイだが、エキトが怖がってたまらない。今も顔が引きつっているのだ。
「もう慣れろよ」
「無理だ、本能は止められない」
エキトのことは置いておいて、破壊者のくせに唯一の生存者になったルシル。
その存在はあまりにも貴重で、情報を搾り取るために魔法政府に捕まったのだ。
ちなみに。政府に教えたのは、守護者の奴らみたいだ。蒼い星から全てを教えられたのだと。
「戒厳令が敷かれているから、ルシルが破壊者だと知っているのは一部だけ」
人類を滅ぼした犯罪者だと、外を歩けなくはならない。学院の教師を続けることも出来そうだ。
でもそれは表向き。実際にはこれから、幽閉生活になるかもしれない。
「それってさあ、結局はルシルが怖いってことか?」
「違う。流れ星がいるんだから、またルーシーが人類を滅ぼしても、大した問題にはならない」
それはそれで、どうかと思うが。
「だから、単純に興味深いんだろう。研究材料にしたいだけさ」
「でもさあ、むげんはそれでいいの? お世話になっているんでしょ、助けないの?」
エキトの考察に、セカイが口を出す。そんなことは、聞くまでもない話だ。
「助けるに決まっているだろう、当たり前のことを聞くなよ」
エキトの店で、ずっと過ごしている気はない。
どう転んだところで、この問題を解決しなければ、ぼくの自由も制限されるのだから。
これがルシルだけの問題なら知ったことではないが、降りかかる火の粉は払わなくてはならない。
「うんうん、むげんも人の子だね。あたしは嬉しいよ」
深々と頷いている勘違い生物は横に置き、エキトとの会話を続ける。
「それで、具体的な手段は?」
「学院長に頼んでおいた。あの男も記憶を持っていたからな、易々と聞いてくれたよ」
子孫が化けてくれて、嬉しかったのかも。ケンカを売りたいから、頑張って自由の身にしてくれるらしい。
釈放された後の方が危ない目にあう気がするが、まあ大丈夫だろう。
「しかし今回は大変だったな。もう変なルシルには戻らないんだろう?」
「うーん、それはどうだろうね」
ぼくの言葉にセカイの反応は悪い。歯切れの悪い言葉は、嫌な予感を感じさせる。
「あれはルーシーの可能性の一つだろう。他人でもなく、別人でもないからな。一歩間違えれば……」
その先は聞きたくない。でも、あれはあれで楽しかった気もする。
「学院長が動けば、この話は直ぐに終わるだろう。またいつもの日々が始まるんだ、無限も嬉しいだろう?」
「そうだなあ」
どっちでもいいよなあ。平和な日々も、激動の日々も。楽しいことには変わらない。
振り返ってみると、あっちがよかったと思うかもしれない。
紅茶を飲める平和があることが、実感できる喜びだろうけど。
「またフィアに付き合って、ダンジョン巡りかな。それとも、全部無視してアメリカ旅行と行くか」
「あはっ。いいね、それ。どこに行こうか?」
乗り気になったセカイを無視して、頭の中で先を考える。
でもなあ、ワールド・バンドの情報が欲しいわけだし。そういうわけにもいかないような。
騒がしいセカイと青ざめたエキトを前にして、ぼくの頭の中はどこかに飛んで行った。
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