帰還

 


「ふーん。色々とわかったけど、流れ星は何をやっているんだ?」

「え、どういうこと?」

「ここに来ることなんて、大したことじゃないだろう。何年かけているのかは知らないが、いつになったら遊びに来るんだろうな」

「あはっ。……はあ」


 とても重い溜息を吐かれた、間違えたことを言っているつもりはないので、ビンタをしたい気持ちでいっぱいになる。


「あのね、むげん。自分が特別だって理解してよね。普通の人間は、この場所には来られないよ」

「流れ星は、普通の人間じゃないだろう。優秀すぎて、世界から飛び出るような奴らだろうが」


 たった十人しかいない。特別な奴らに違いないだろう。そんな風に困惑していると、さらに重い溜息を吐かれる。

 これは、戦争が始まるかもしれない。たった二人の、骨肉の争いが。


「本質世界も模造世界も。ううん、全ての中で特別なのは二人だけだよ。あたしとむげん以外は、全てが平凡で普通の奴らだね」

「ええ?」

「自称神様も、優秀な魔法使いも。変な化け物たちも、他の世界の何かを含めたって、その絶対は変わらない。セカイが保証してあげる。特別なのは、あたしたちだけ」


 セカイは胸を張って、そう主張するが。この世で最も必要がない保証の一つだった。

 ぼくたちだけが特別なんて、つまらないにも程がある。

 もっと特別で溢れて、優秀で溢れてほしい。セカイなんて足蹴に出来るほど凄い奴に、会ってみたいと思うから。


「まずこの場所には誰も入れない。その存在ぐらいは分かるかもしれないけど、どこにあるかも分からないだろうね」

「へえ」

「何かの奇跡が起きて中に入れたとしても、その瞬間に消滅する。その魂が耐えられないから、どこに行くこともなく、微塵も残らずに消え去るんだよ」


 魂が耐えられない。新しい言葉だが、何を言っているのか分からない。


「耐えることが出来たら?」

「……あたしが滅ぼす」


 その言葉は短く、代わりに絶対の決意を感じさせるもので。

 ここはセカイの牢獄であり、聖域。その事実を、より実感するのであった。


「あはっ。でも有り得ないよ、それが世界のルールだからね。どれだけ強くても、どれだけ策を練っても。それは出来ないと、初めから決まっているんだから」


 ルールは破るものだと、ぼくは経験から学んでいる。それが一番楽しくて、意外とあり得る現実だからだ。

 人が有り得ないと思っていることは、たいていの場合で実力不足と想像力不足でしかない。

 予想をした人物を超える能力を持っていれば、それは必然のように起こるから。

 そんな奴が現れて、この世界に来てセカイと戦う。……ぜひ、見てみたい。


「分からないぞ。ぼくだってこの世界に来れたんだから」

「まあ、例外はあるよ。あたしが直接呼びつければ、どこの誰だって中に入れる。あたしが守ってあげれば、短い間なら生存も可能だね」


 セカイの気分次第。それでも、方法はある。


「ああ、でもむげんなら。自力でここに来ることが出来たね」

「なんで?」

「むげんは繋がっていないから、世界のルールに当てはまらない。隠されたものを見つけることが出来るし、誰かと協力してここに来たかも」


 ……それはつまり、ぼくが協力すれば流れ星はここに来ることが出来るのか。

 覚えておこう、何かの役に立つかもしれない。


「繋がっていないってことは、むげんが思っているよりも大変なことだよ。もっともっと、色々なことが出来ると思ってもいいね」


 抽象的すぎてよくわからないが、もういいや。

 聞きたいことも聞けたし、用もなくなった。


「じゃあ、行くわ」

「……どこに?」

「現実に。模造世界に戻る」

「そっか」


 ソファから立ち上がって伸びをする。でも戻り方がよく分からない。

 セカイに尋ねようと思い。なあ、と振り向くと。そこはもう、どこかの部屋の中だった。


「見覚えがあるな」


 そこはルシルが襲撃した日に、泊まっていたフェリエの別荘。今は朝なのか、外は明るく。人々の賑わいが聞こえてくる。

 今日も朝から大変結構。みんなの頑張りが普通に、戻ったことを実感させてくれる。

 安心したのか珍しく空腹を感じていて、着替えて下の階に降りていく。

 そこでは大きなテーブルに、懐かしい顔ぶれが揃って座る現実が。


「どうした無限。驚いた顔をして」

「別に」


 長い一日だった。ゆっくりと椅子に座りながらも、そう思う。

 その実感を、コーヒーと共に飲み干して。何気なく家政婦の姿をしているセカイを、横目に見つめてみる。

 この日々も、もう飽きた。いや飽きなくても、終わりが来たのだ。


「なんでもない。夢見が悪かっただけだ」


 穏やかな朝食が終われば、ルシルの所に行こう。その後はエキトの所に顔を出そう。

 名残を惜しむこともなく、別れを悲しむことはない。

 また一期一会が、一つ終わる。その割には長すぎたけど、これでようやくまた終わるのだ。

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