宙を超えると決めたとき

 


 お互いに本気になり、仕留める瞬間を狙っていた。

 ぼくは隙を見逃さないように、ルシルは何かを惜しむように。

 最後の別れを迎えて、因縁もこれで終わると考えて、ついにその時が……。

 訪れることは、永遠になかった。


「いけない……」


 水を差すように雨が降ってきたのか、始めの一滴はルシルの頬に。

 ただそれだけのことなのに、困惑の声を上げ。その声は、絶叫にまで変わった。


「しまった、タイムリミットです。時間を、かけすぎました!!」


 雨は勢いを増していく。

 もちろん、普通の雨じゃない。現実から目を逸らしていたけど、その雫は朱かったのだ。


「なんだ、これ?」


 視界を覆うほどの大雨は、声をかき消すほどの轟音を発している。

 マルっころを落とさないように掴みなおして、ルシルの方を……。


「おい、どうしたんだ?」


 その変化は劇的で。

 天から墜ちてきた鎖に、ルシルが全身を巻き取られている姿が。

 朱い雨に気を取られているうちに、何が起きたと言うのか。


「時間をかけすぎたと言ったでしょう。私の星たちが、人類を絶滅させたんです」

「つまり?」

「流れ星ですよ。私を制裁して、世界を再生するつもりなんです!」


 遂にその時が来た、それはつまり。


「ぼくの負けってことか? 結局はルシルが世界を滅ぼしたんだ」

「この期に及んでそれですか。そうですね、私の勝ちです。悔しいですか?」

「別に」


 それは仕方がないことだ。時間切れは心が残るが、負けを認めないのは綺麗じゃない。


「あれだけ、拘っていたのにですか? 自分が先に世界を滅ぼすと言っていたのに」

「まあ」


 ペンを壊された時点でその道は閉ざされて、直接倒す道に変えていたけど。

 結局間に合わず、ルシルの勝利に終わったのだ。


「それはさ、結果が出るまでの話だよ。負けた後にまで、醜く足掻くのは嫌だ。次があったら勝つ、それだけの話だろう」

「次、ですか? 私にはもう、ありませんけどね」

「なら別の誰かを探すよ。ルシルは終わったけど、ぼくはまだ終わらないから」


 流れ星が作った世界には、今を滅ぼしたルシルはいないんだろう。

 その辺りがどんな変化を及ぼすか楽しみだ、ゆっくりと理解していこう。


「ムゲンくんは、ほんっとうに私に興味がないんですね。最後だと言うのに!」

「そんなことはないさ、今回は楽しかった。でも、もう終わるんだから。これ以上に出来ることもないだろう?」


 ルシルという個人はどうでもいいが、その行動には楽しませてもらった。

 地球には意思があることを知ったし、魔力を借りて好き放題に暴れた。

 エキトの持っていた呪いの魔道具も忘れてはいけない、あれは今後も利用できそうだ。


「この鎖を千切って、私を助けてくれてもいいんですよ?」

「それはダメ。この滅んだ世界が、復活しないからな」


 それに、流れ星には勝てないだろう。


「……そうですね。限界です、さようなら」

「ああ、さようなら」


 残った魔力を全て使って、引き上げられる力に抵抗していたルシルだが。

 それも全て終わり、鎖に囚われてどこまでも空に昇って行った。


「これで縁も終わり、思ったよりも綺麗な幕引きだったな」


 だが、これからどうすればいいんだろう。

 この朱い雨を眺めていれば、世界が変わるのか?


『長く協力したワタシには、一言もなしとはな。アルジはアナタに劣らず、薄情な個体だ』


 ずっと持っていたマルっころが、不機嫌そうに声を出す。

 だったら話に割って入ればいいものを。


「なあ、ぼくはどうすればいいんだ?」

『流れ星の裁定を待つがいい。この雨は全てを洗う浄化の証、全てが飲み込まれたときには終わりが始まる』


 浄化の雨なのに、血のように朱いのか……。センスを疑うな。


「この雨は、どういう現象なんだ?」

『質問の意図が分からない」

「つまり、魔法なのか? それとも。世界が起こす自然現象なのか?」


 流れ星が、何をしているのか。その一点が気になる。


『この場から遥か上。星を飛び越え宙を飛び越えたどこかに、眼があるのだ』

「眼?」

『その瞳から、この朱い雨が流れている。涙を流しているのだ、この世界の終わりに』


 へえ。


「つまり、その眼は流れ星の誰かの眼なのか?」

『あるいは、その魔法だな』


 手がかりは、ちゃんとあるわけだ。いいことを聞いた。


「よし、じゃあ行くか」


 軽く伸びをすると、気安く宣言をする。


『何を言っている?』

「世界の終わりに、絶対者の尻尾でも掴みに行きたいと思ってな。なに、最後の魔法を使わなかったから、余力は十分にあるだろう?」

『飛ぶというのか? 空を超えて、宙を超えて?』

「ああ」


 どこまで行けるかはわからない、何が見つかるのかもわからない。

 それでもぼくは、最後に飛びたいと思った。


『理解できない。このまま終わりば全ては収まる、平和な日常が戻って来る。それなのに、なぜ波風を立てようとする?』

「なぜ、か」


 その理屈は簡単で、言葉にするのも面倒なほどだ。


「最後の邪魔をされた、それが気に入らないんだよ」

『……なんだと?』

「世界の救済、原因の排除。ああ、確かに正しい行いだ。それがなければぼくも困るし、ルシルは楽しくも迷惑な奴だった」


 でも、そう。でも。


「だからって、ぼくの邪魔をしていい理由にはならない。なにも出来ないぼくだけど、その分の借りを返しておきたい」


 今ならマルっころの力がある。一つの星の、残った力を全て使う。

 反対されても知らない。全てを無視して行動してやる。

 最初に言葉にしたのは、せめてもの感謝を表したのだ。


『……いいだろう』

「あ?」

『構わないと言ったのだ。どうせ最後だ、仮初のアルジの願いを叶えよう』


 突然、聞き分けのあることを言い出した。だがその言葉は、とても好ましい。


「どうした、急に?」

『急ではない。流れ星とはいえワタシの星を汚し、断りもなく見限ったアルジを連れて行ったのだ。不満の一つも、あるというものだろう?』

「なるほど」

『それに、アナタの機嫌を損ねるわけにもいかない。怒らせてはならないものたちが、いるからな』


 怒らせてはならないもの、それは流れ星ではないのか。

 どうもちぐはぐな部分がある。知らない情報があるみたいだ。


「なら、行くか」

『ああ、これが最後だ。全力で行こう、外の者よ!』


 最後の最後に、少しだけ気が合った。

 神様だとか流れ星だとか、そんなものは知らないし関係ない。

 こっちはもっととんでもない奴の相手をしているんだ、怯える事すら有り得ない。

 世界が終わる前に、一撃だけでも抵抗をするのだ!!

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