突き進んだ先に

 


『ワタシとはここまでだな』

「ああ?」

『残りの時間は少ない。最速で進み、最高で戦うにはワタシの全てを力に変えるべきだ』


 その言葉には力があって、マルっころを否定する理由もなかった。


『星に還せ。そのまま、どこまでも進んでいくがいいさ』


 朱い雨で埋まった地表に、マルっころを放り投げる。

 躊躇わない態度に不満そうな何かを感じたが、どんどんと潜っていき底にまで辿り着いた。

 その証拠のように、星の全てが蒼い色に光り出す。


『アナタに最高の魔法をかける。どこまでも、進んでくれ』


 星の光は莫大で、本当に爆発するのかと疑うほどだったけど。その全てはぼくに移り、残ったのは朱く染まり切った海だけ。


「じゃあ、行くよ」


 跳べ、と。心の中で叫ぶと、そのまま空に跳ねていく。

 飛べ、と。心の中で叫ぶと、星すらも超えて宙まで飛び出した。

 朱い雨は道しるべ、星を超えてもまだ続く。


「迷うことはなくても、急がなければ」


 世界の終わりとは、どの程度の規模なのか。決定的な、何かが起きるのか。

 ぼくは何も知らない。最大限に急ぐべきだ。


「寒くもなくて、息も出来る。魔法って便利だなあ」


 わかっていたことなのに、また一つ分かった気がする。

 つくづく、自分が使えないことが惜しまれる。悪用して遊びたかった。

 どんどんと進んでいく。上なのか前なのかもわからないが、とにかく雨が始まる場所へ。


「ああ、でも素晴らしい」


 何もかもを見失ってしまいそうだ。ここにはなにもなくて、美しい。

 朱い雨と眩しい星々は邪魔だが、なにもない暗黒は尊い。

 何度か経験した、なにもない場所。このまま溶けて、消えてなくなりたい。


「それは、夢だな。現実は優しくない。ほら、もう辿り着いてしまった」


 まだまだ先なのは間違いないが、終点は見えてきた。

 巨大な眼、いや瞳。瞬きをするたびに溢れ出す赤い雨、まるで毒々しい果実のよう。

 その瑞々しさは、何かを傷つけるものだった。


「さて、ここで困ってしまった」


 戦う魔力は尽きて、全身もろくに動かない。

 移動に力を使い切り、ルシルとの戦いの緊張も途切れてしまったのだろう。

 辿り着いたところで、出来ることは一つもない。

 これではマルっころに申し訳がなく、何かをやり返すことなんて幻にも等しい。


「……決めた」


 どうせ戻れない旅、残せない命だ。

 玉砕や特攻に一番ふさわしい手段、正面からぶつかっていこう。

 勢いは付いている、このままぶつかるだけでも致命傷だ。なにしろ、宇宙を移動するスピードだから。


「最後は全滅か、世界の終わりには相応しいかもな」


 元に戻ることが前提とはいえ、生物は滅んだ。星は朱い海に潜り、その意志は力に変えられた。

 最後の生き残りは、意味もない最期を望んでいる。ははっ、本当に終わりと呼べるだろう。


「本当に、何も残らない。次に繋がるものはない、それでも」


 諦めるよりはマシで、絶望するよりはマシで。

 邪魔した奴を許さないと、理不尽に立ち向かうのが、ぼくらしいのだ。

 速度を上げて、意思を固めて。少しづつ近づいて、その瞳に向けて……。


「貫け!!」


 眼を開ける力も失くして、手足の感覚もなくなって。

 それでも、何かを突き破った気持ちだけは。実感として、どこかに残った。



 ★



 混乱する頭を手で押さえて、周りを確認する。

 どうやら寝転んでいるようだが、力が入らないので立ち上げれない。

 一面の花畑。色とりどりの眩しい中で、ぼくは横になっているらしい。

 どこかで見たような、そしてどこかで感じたような。


「あはっ。おはよう、むげん」


 やっぱりか、と思ってしまう。

 さっきまで感じもしなかったのに、気づいたら隣に座り込んでいる。


「気分はどうかな、元気?」

「最悪な気分だ」


 終わりとは眠りと変わらない。たとえ死んでも、その先の世界では、こんな風に目覚めるのかな。


「どうして?」

「潰している花の感触が不愉快だ。……命を奪うのなら、自分の意志で」

「ええ、そんなことどうでもいいでしょ。命を潰すのはいつものことだし、いちいち避けて歩かないでしょ?」

「気持ちの話だよ。質問に答えただけ、気分が良くないんだ」


 起き上がったとき、潰れた花を目にするのだから。それを見て、綺麗な光景だとは思いづらい。


「むげんはいつも、難しいことを考えているね。……むげんはどうして、考えるの?」

「生きているからだ」

「そうじゃなくて。命とか理不尽とか。心とか魔法とか。別に考える必要はないでしょ」


 生きているから物を考える。自分の意志ではなく、自動的に動いてしまうのだ。

 それ以上に答えようはない。


「あたしたちみたいな存在はさ。気に入らなければ倒す、欲しいものがあれば奪う。それだけでいいんだよ。強いんだから、許される」


 セカイがどう思っても自由だが、そこにぼくを含めないで欲しい。

 そんな野蛮な生き方は嫌だ。わからないから必要ないなんて、人間以下の考え方だろう。


「それなのにむげんは、小さいことを大事にする。一生懸命に考えた理屈を投げ捨てて、感情のままに動いている。意味がないことばかりしているよ、可哀そうなぐらい」


 哀れに想われているのか、貶されているのか。答えは分からないが、この状況は堪える。

 必死に頑張って。最後の想いを貫いた後に、文句を言われているんだぞ。

 どうしてくれようか、この偉大な創造主に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る