終わりの日

 


 虫の知らせとか、第六感。

 普通はない感覚。よくわからない感覚、他人には理解されない感覚。

 でもそれは、確かに存在して……。本当の危機に陥った時には、そういうあやふやなものが。

 ギリギリのところで、命を救うのであった。ぼくにはあまり、関係のない話だけど。



 ★



 幸せな眠りから叩き起こされる。その感覚は現実のものではなく、脳内のものだった。

 飛び跳ねるように体を起こすと、自分の身に起きた不可解に首をひねる。

 その理由は、体の熱さと。窓の外……。


「なんだ、あれは?」


 いつか見た風景、空に浮かぶ赤い火球。

 落ちてくることはないが、その存在感は魂まで焦がすよう。


「おいおい」


 ぼくはどうかしていたのか。今になって聞こえてくる悲鳴の数々。

 よく考えれば当たり前だ、人は生きていて。朝になれば起きてくる。

 この光景を見て恐怖を覚えない方が、どうかしていると言えよう。

 ここは魔法使いの街で、対抗する人たちが……。


「……嘘だろ」


 至る所から現れる魔法使いたち。彼らは迫りくる火球に、様々な魔法をぶつけている。

 でもそれが通じないどころか。周りに分裂している小さな火の玉に、逆襲を受けている。

 それが当たると、悲鳴すら上げずに。そのまま世界から消滅していた。


「命が、消費されていく」


 無慈悲に消えていくのか、それとも燃料にされているのか。

 それはわからないが、呆けるのはもうおしまいだ。

 この現象の解明と、逃げることを考えなくては。

 まずは生き残りを、探すとするか。



 ★



 結論から語ると、フェリエたちはもういないらしい。部屋の痕跡などから、判断できた。

 街からの逃亡は出来ない。境まで行くと、火の玉に邪魔をされる。

 近づくと熱かったので、ぼくは例外でもないらしい。触ったら、きっちりと死にそうだ。

 人々は、ほとんどが全滅だ。生き残りは、一割にも満たない。


「つまり、狙いがあるんだな」


 目的は、ぼくだろうか。じわじわと苦しめてやろうと、嫌な思想を感じる。

 思いつく犯人像は、二人か三人。誰だったとしても、まあ不思議はない。

 セカイに感謝する気はないが、あいつとの夢が耐性になっている。


「二番煎じは頂けないが、知っているわけもないしな」


 それに、もうしびれを切らしたらしい。

 空に現れた魔法使いが、ぼくに声をかけてきた。


「つまらないですねえ、ムゲンくんは」


 不満そうな顔をしたその姿は、いつもと何も変わらない。

 その瞳に狂気を宿しながらも、決して無くさない理性の光。

 それでも。確かに、失くしてしまったものがあるらしい。


「で、どうしてこんなことをしたんだ? ルシル」


 星魔法の使い手。エキトとの戦いで、心が欠けてしまった愚か者。

 何かのきっかけでぼくを襲うかと思っていたが、街ごとなのが認められない。

 はっきり言ってしまうと、この時点でぼくの敵だった。


「どうして、ですか? なんでしょうねえ……」


 ぼくの言葉に、真面目に考えて。


「ただ、ムゲンくんに苦しんでほしくて」


 そんな答えを……。


「ほら、ムゲンくんは理不尽が嫌いでしょう? だから、理不尽に滅ぼしてみました」


 無邪気な顔で、苦しみを捨てた顔で。


「罪のない人たちが死にました。痛みもなく、理解も出来ず」


 そんな言葉を、口にする。


「あっさりと、死んじゃいましたね」

「まあ、な」

「ムゲンくんのせいですね」

「ふうん」


 それは違う。どんな理由があろうと、殺した奴が悪い。


「それなのに、ムゲンくんはなにも感じていないみたい。これでは、面白くないですね」

「で、ぼくを苦しめたかった理由は?」


 真面目に取り合うのも馬鹿らしい。一方的に質問をして、一方的に話を終わらせよう。


「だって、ムゲンくんが帰ってこないから。先日はフルーツたちを返り討ちにしましたよね、私に逆らっていいと思っているんですか?」

「当たり前だろう」


 つい返事をしたが、当たり前のことだ。


「ぼくが帰らないから、人々を襲った。ぼくを苦しめるために、理不尽に殺した」


 うん、本当に会話が通じる余地はないらしい。

 戦いに意味はない、勝ち目などないからだ。トワも見つからない、必要がない時には現れるのに。

 逃げて、強い奴らを呼ぶのが一番だな。でも逃げることが出来るのか……。


「なんで、怯えないんですか。つまらないでしょう!!」


 冷静に思考を回していると、狂ったように叫ばれた。

 怯えないのがつまらない。だったら相手を選んでほしい。


「なに、いつものルシルの方が怖いぐらいだ。狂人は見慣れてる、怖いことなんて一つもない」


 あまりの殺気に指先一つも動かせないが、これが本心だ。

 強いとか弱いとか、そんな話は別にして。いつもの冷静で、良心に溢れたルシルの方が怖い。

 優しさという善意で、ぼくの生き方をガンガンに破壊してくるからだ。


「つまらないは、こっちのセリフだ。殺すなんて、強いやつなら誰でもできるだろう。今のルシルは醜いうえに、穢れている。その御大層な火の玉に包まれて、浄化されながら来世に行くんだな」

「……ならもういいですよ。さよなら。ずっと思っていましたけど、ムゲンくんは救われません」


 ぼくに出来ることなんて一つもない。このまま残酷に殺されるだけだと判断した。

 なら一つでも吠えておこう。負け犬になる前に。

 殺せるのは体だけ。燃やせるのは、肉と骨だけ。神埼無限はこれで終わりだけど、その先を期待しているから負けじゃない。

 街を包む大きな火の玉が目前に迫っても、ぼくはそんな言葉を、最後に残した。

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