負け惜しみは楽しい

 


 気付いた時には、見知った場所。

 ぼくにしては珍しく、記憶のどこかに残っていた。よくわからない、遠いどこかだった。


「さて、どこにいるのかな?」


 ここは本質世界。ぼくが生きている模造世界とは違い、なにもなくて全てがある場所。

 セカイが一人だけで存在している、寂しくも美しい理想郷だ。

 前は一面の花畑だったが、今回は少し違う風景。

 先の見えない昏い森の中。でもぼくを案内するように、小さな明かりが、道なりに淡々と光っている。


「あいつは一体、何を考えているんだ?」


 どこかに案内しようというのか、逆らうのも面倒だ。

 でも黙々と歩いていてはつまらない。丁度いいので考えを整理しよう。

 まず一つ目、ぼくは死んだのか?


「……違うな。記憶はほとんど連続しているし、痛みもなかった」


 記憶の連続性なんて、主観的には説明できない。そんな気がするだけかもしれない。

 痛みがなかったのも。感じる余裕もないほどに、あっという間に消し炭になったのかも。


「何とも言えないなあ。やっぱり、セカイに聞くしかないか」

「あはっ。大丈夫だよ、むげんは死んでいない。そんなことは、あたしが許さない」


 一人で呟いていると、どこかから声が聞こえた。覚えてはいないが、これはセカイの声でいいだろう。


「なんで、姿を現さないんだ?」

「……酷い姿だから。むげんには見せたくないんだよね」


 酷い姿? 怪我でもしたのか、でもセカイを傷つけることが出来るのか?


「突然の攻撃を受けて、あたしは反撃するよりも細胞たちを守ることを選択したんだよ。そうしないと、むげんが怒るよね?」

「怒りはしない。ガッカリはしたけど」


 理不尽に人が死ぬことは、好きじゃない。許せないと言ってもいい。

 日々を生きて、朝に目覚める。ただそれだけで焼け死ぬことは、許されない理不尽だ。

 でもそれは自分の考えで、他人に押し付けるものではない。セカイが人々を見捨てても、怒るのは筋違いだ。

 だからセカイの行動に、よかったと思える。


「ガッカリもされたくないからね。間違えなくて、よかったよ。でもその代わり、あたしは凄く弱っている」

「なんで?」

「死者を生き返らせる気は、ない。だから死ぬ前に、細胞たちをあたしの世界に引き込んだんだ」

「あん?」


 それは、まずいんじゃないか。色々な意味で。


「本質世界は高次元だから、普通の人間が入ったら死ぬんじゃないのか?」

「高次元とは違うんだけど、その通りだね。でもあたしが加工したし、直ぐに模造世界のどこかに避難させたから」


 とにかく、心配はないらしい。


「お前は、触れても大丈夫だったのか?」

「あはっ。死にかけているかな」


 人間たちを視界に入れるだけで、気持ち悪くなってしまうセカイだ。

 助けるためとはいえ、直接触れたのなら。どれだけ辛かったのだろう。


「だからむげんに見せたくないんだ。会っても、寝転んでいるあたしを見るだけからね」


 よほど辛いんだろう。まあいい、そんな姿を見ても楽しくはならない。

 色々聞きたかったが、質問は選ぶべきだろう。時間は取らせない。


「なあセカイ、負け惜しみっていいものだな」

「はあ?」

「死ぬ寸前だと思ったから、言いたいことを言ったんだ。その姿に、ルシルは嫌そうな顔をしていた」


 圧倒的な強者として、トドメを指す寸前。そんな有利な状況なのに、言葉一つでまるで負けた気分になっていた。

 負け犬の遠吠えを馬鹿にしていたけど、生き残ることが前提なら有効な攻撃手段かもしれない。

 例え死んでも戦っている相手を勝者から引きずり下ろし、引き分けどころか敗者まで叩き落す言葉の攻撃。

 もっと追及していけば、楽しいことになるのかも。そう熱く語ってみた。


「……あのね、むげん。こんな時ぐらい、真面目に話そうよ。今は本当に、星の危機なんだよ」

「真面目に見えないか?」

「ちっとも」


 いつまでたっても、こんな暗い森を歩かせているくせに。

 ぼくに対する要求が多すぎると思う。


「それで、どうする? 多くはないけど、選択肢はあるよ」

「例えば?」

「このまま、ずっとここにいる。時を見て、他の細胞たちが解決するのを待つ。あとは……」


 考えるまでもない、結論は決まっている。

 ルシルの中では、ぼくを殺したことになっているんだろう。そんなのは嫌だ、本当に負けたことになってしまう。

 拘る必要はなくても、このままでは被害は拡大していくだろう。


「やられたら、やり返すべきだ。……リベンジだよ、次は勝つ!!」


 たまには熱くならなければ、本当に凍ってしまう。

 バカみたいに拘って、バカみたいに嫌がって。そして勝利を掴んで見せる。

 人は一人で生きるものだから、負けた屈辱は自分で返す。

 ぼくは正面から立ち向かって、横暴な魔王を退治することにした。

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