始まりは唐突に、そして劇的なものだった

 


「後悔しますからね、もう遅いですよ!!」


 フルーツたちは、そんな負け惜しみを言いながら帰っていった。

 何をする気なのかは知らないが、楽しい結果につながることを祈る。

 ぼくたちはフェリエの別荘に戻り、各々が好きに過ごしていた。

 時間を持て余したぼくは街を回って、一番高いビルの屋上でたたずんでいるのだ。


「つまらないな」


 時刻はもう夕方だ。

 落ちていく夕日は美しく、背の高いビルたちに映えていると思う。

 下を見ると黒い点が、不規則な流れで動いていた。

 人間だと偉そうに言っても、距離が離れるだけでアリよりも矮小な存在になっている。



 ★



「あはっ。こんなところで、なにをしているの?」


 家政婦のトワが、分厚い扉を開けて登場する。

 てくてくと歩いて傍に近づき、ぼくの隣で座り込んだ。


「何も。暇をつぶしていたんだ」

「へえ」


 それ以上の説明は出来ない。でもトワは、不満そうだった。


「ねえ、むげんはいつまでここにいるの?」

「はあ?」


 いつまでと言われても、飽きるまでと答えるしかない。

 目的などないのだ、いつだって。


「一期一会だっけ? それがむげんの考えでしょう。一度会った人間には、二度と会わなくていいって。今の姿は、だいぶ違うみたいだね」


 なるほど、そういう意味か。

 確かにその通りだ、ぼくの信条は上手く働いていない。

 気持ちの上ではそれでいいけど。人間は一度会うだけでは理解しきれないし、理由があるのなら留まることも必要になる。

 本当に難しい。切り捨てて逃げたくなるのは、いつものことだ。


「飽きたなら逃げればいいよ。あたしがいるんだから、必要なものなんてないでしょう?」


 気を使っているのが分かるが、見当外れにも程がある。

 トワなど必要がないし、今の生き方にも不満は少ない。


「あたしも、毎日気持ち悪いからさ。むげんの辛さが分かるんだよね」

「辛くないけど」

「無理しなくてもいいよ。こんな不自然な生き方で、辛くないわけがない」


 ……どうやら理解し合えないようだ。何を言ってるのかもわからない。

 不自然な生き方なのは認める。辛くないとは言えない。

 でも自由には生きているし、無理だってしていない。

 トワは何を感じたのだろう、ぼくに何を思ったのだろう。


「本当に、気持ち悪いよね」


 ビルの下を眺めながら、トワは嫌悪感を込めて呟いた。


「細胞の一つ一つが、呼吸をして心臓を動かしている。何を考えて、何を思っているのかわからないけど。ただそれだけで気持ち悪い。むげんもそう思うでしょう」


 共感を求めるのはやめてほしい。

 そんなことを思ったことはない。そもそも人間に、何かを思ったことがない。


「一緒に逃げようよ。本質世界が嫌なら、誰もいないところに行こう。食べ物は美味しくて、珍しいものが多くても、ここは気持ちが悪いよ」


 不満をため込んでいたみたいだな。ぼくを気遣うふりをして、自分が限界に近いのだろう。

 だったら一人で行けばいい。なんで他人を巻き込むのか。


「それなら、この景色をどう思う?」

「……え?」


 この美しい光景をどう思うのか。

 価値はなく、いつでも見れるほどに不変のもの。

 どうでもいいほどに身近で、誰も理解できないほどにつまらない。

 それだけの意味がない美しさを、この超越者はどう思っているのか。


「別に」


 ぼくの視線の先をチラリと見て、トワはつまらなそうに。


「自分の手を見て、美しいと思える? あたしにとっては、その程度のものだよ」


 その言葉に納得する。自分の手を見ても、満足よりも不満が勝つ。

 僕の感性では。確かに美しく、感じないな。


「どこにでも行けばいい。ぼくには関係がない」

「むう、なんで?」


 なんで、今に拘るのか。それは意味があるからだ。


「お前の言葉は曖昧過ぎて、乗ろうと思えない」

「ええ!?」

「どこかって、どこだよ。この世界はつまらないから、素晴らしいものを探しているんだ。闇雲に探したって、見つかることはないぞ」


 だから、足掻いている。

 繋がっていないぼくは、自分で全てを見つけなくてはならない。

 誰かに尋ねても、誰かに頼っても。共感も、理解し合うことすら出来ないのだから。

 自分で試して、自分で考えて、全てを総当たりで経験して。


「ぼくは忙しいんだ。邪魔をしないでくれ」

「……あはっ。しょうがないなあ、むげんは」


 この言葉もこの考えも、きっと伝わっていない。

 どれだけ言葉を尽くしても、繋がっていないだけで分かり合えないから。


「飽きるまで、この場所からは離れない。不満なら、どこかに行けばいいさ」

「もう、わかったよ。あたしがむげんを、守ってあげるから」


 トワに守られる予定はないが、その言葉は頼もしい。

 人は簡単に死ぬのだから、保険は多いほうがいいだろう。


「……」


 ぼくの旅は進まない。終着点は、どこにもない。

 この無気力な人生は、いつか必ず終わるだろう。一つの成果も、見つからずに。

 でもそれでいい。ぼくはただ、諦めることが出来ないだけだから。

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