呪っているもの
騒がしいフルーツは、ファングと共に一回休みだ。仲良くぎくしゃくと、戦いが終わるまで遊んでいて欲しい。
ぼくは黒い魔力を追って、遠くまで進みゆく。
あまり離れていないようだが、鳴り響く金属音に近づく気が失せていくみたいだ。
「あはっ。醜いものだねえ」
いつの間にか近くに来ていた戦力外の化け物が、気安そうに呟いた。
この家政婦はなにをやっているんだ。色々と無視して、聞きたいことだけを尋ねてみる。
「醜い?」
「あの黒いものは魔力じゃない、呪いだよ。むげんにもわかっているよね」
断言するトワの言葉に、その区別がつかないと反論してみる。
「区別と言われても困るよ。あの細胞の場合は、黒い呪いを持っている。そう理解してよね」
「そもそも呪いってなんだよ」
「呪いは呪いだよ。醜い感情が形になったものだ。内からのものと外からのものがあるけど、あれは内のものだね。自らの醜さに焼かれているんだよ」
内からの呪いと、外からの呪い。
内は自己嫌悪や劣等感。外は嫉妬や八つ当たりなど。
厳密には両方当てはまるし、確定的に何とは言えないだろうが。
「でも、他の人間には見えていないみたいだ」
「あはっ、それは違うよ」
何が違うのか、トワはぼくの言葉を否定する。
「魔法だって呪いだって、学ばなければ理解できないものだね。魔法使いたちは魔法を学んで、呪いを学んでいないから見えないよ」
「ぼくは見えるけど」
「むげんは、あたしと一緒だよ。見えないものなんて一つもない。存在のレベルが違うんだから」
こいつと一緒にされたくはないが、言いたいことは分かった。
その理屈にも納得がいった。そしてまた疑問が増える。
「じゃあ、世界には呪い使いとかがいるのか?」
「そうだね、細胞たちの細かい事情には詳しくないけど。呪いを専門に扱う細胞たちもいるはずだよ。それらなら、くっきりと見えるだろうね」
専門が違うと言うことだな。いつか出会う日が来るかなあ。
楽しみが一つ増えた気分だ。
「でも凄いね、あの細胞は。もう魔法使いとは言えないんじゃないかな」
「え?」
その時、黒い雷が落ちた。
戦場は激化していき、好奇心は天井知らず。
様々な異音を無視して、ぼくは速足で近づいていく。
水を差さないように隠れて近づき、トワと二人でこっそりと。
「はあっ!」
「くっ!?」
その光景に驚いてしまう。二人の戦いは、とても素晴らしかった。
前の戦いでは、フィアが剣を抜くことすら見えていなかったのに。今は対応すら簡単にできている。
攻撃を受け止め、反撃に映る。回避した後に、魔法で威嚇をする。
真っ当な戦いだ。二人の間に、差などありはしない。
「……どうしたでありますか? 前とは、全くの別人のよう」
「なにもない。ただ、体が軽いんだ」
焦りで動きが鈍いフィアに、言葉を返す余裕まで。
だがそれは嘘だろう。フェリエには色々とあったはずだ。その全てをなかったことにして、格好をつけるなど許されない。
体が軽いと言うのなら、それは重しを捨てたが故のものだ。
「あはっ、器用だね」
その言葉の意味は、わからないこともない。二人の戦いを見るとよくわかる。
フェリエの戦いが、劇的に違う。前は黒い呪いに染められていたのに、今では使いこなしている。
両手や両足、剣などに黒い呪いを纏わせて戦っていた。首から上には黒い部分など一切なくて、使いこなしているのだと分かってしまうほど。
「まだ終わらないぞ、気を抜くなよ」
「そんなつもりは、ないでありますよ!」
二人の戦いは激しさを増していく。
剣や肉体の強化に魔法を使っているフィアと、攻撃にも魔法を使っているフェリエ。
同じ魔法剣士でも、スタイルの違いは明白だ。
「傷だらけだ」
「黒い呪いは相手を染めないね。自分のことしか見えていないのかな?」
二人とも、その体が多くの傷で満ちている。
でもフェリエの攻撃は、フィアを呪わない。
その対象は自分だから。呪っているのは、自分だけだから。
「むげんは、どっちが勝つと思う?」
唐突なトワの質問。少し意外な気がする。
「そんなことに興味があるのか?」
「むげんがどう答えるかに、興味があるね」
趣味が悪いが、その答えは決まっている。
「引き分けだな」
「理由は?」
「二人とも、もう体力がない」
新たな力に目覚めたフェリエは、力の代償にスタミナの消費が激しい。
元から強かったフィアは、フェリエにペースを乱されて余力がない。
運次第でどうにでも転ぶだろうが、その程度の実力差。
「でも、引き分けには終わらないよ。戦いとは、どちらかが勝つものだからね」
正しい。同時に倒れるとか、もうやめようとか。
そんなものは、遊びや空想だけの話だ。本当の戦い、殺し合いにはない概念だ。
「そういう意味では、フェリエだな。……でも」
大きな金属音が鳴り、本当に力を使い果たしたのだろう。
二人ともフラフラな姿で、立っているのがやっとに見えたから。
「よい、しょっと」
素早く近づいて、剣で二人を殴りつける。
魔力を持った剣なら、ギブアップ寸前の魔法剣士ぐらい気絶させることが出来た。
「な、これで引き分けだ」
「あはっ。……ずるいよ!!」
二度目の戦いは、フェリエたちの完勝だ。一度目の屈辱は晴らされたと思う。
フルーツは置いておいても、なかなかの落としどころだな。
「ちょっと、誤魔化されないよ。むげん!!」
負け犬の遠吠えは心地よく、最後に勝ったのはぼくだった。
こうして世界には、平和が戻ったのだから。
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