血みどろの潰し合いだったらしい
二人の邪魔者が消えて、ぼくはゆっくりと眠りにつく。気付いた時には、次の日の朝で。まだ誰も起きていないような時間帯。
ふと、小さな音が響いた。その雑音が、どんどんと大きくなっていく。
どこかで聞いたことがあると気づき、思い出すとスマホの着信だ。
「おかしいな、あの時に捨てたはずなのに……」
あんまり覚えてはいないのだが、腹が立つことがあって破壊した気がする。
だからそんな音が、聞こえるはずはないのだが。
「本当に、あったよ」
薄眼を開けて、備え付けのテーブルに目を向けると。そこには、いつか使っていたぼくのスマホと同じものが。
嫌がらせのように大きく鳴る音に、憤慨しながら応答した。
「誰だ」
「……おれだよ」
「誰だって!」
聞き覚えのない声に、つい苛立ってしまう。
「エキトだって。声に聞き覚えがあるだろう?」
「……ああ」
そういえばそうだったような、違ったような。
人の声なんて、よほど印象深くても覚えてはいない。音の羅列ごときに、煩わしい思いをしたくないのだ。
覚えられないだけ、ともいうが。
「いつのまに、スマホなんて置いたんだ?」
「おれは無限が住んでいる場所も知らないし、スマホを置いてもいないよ。ただ、捨てても壊しても、無限から離れて行かないだけさ」
呪われているのか、これは。原型がないほどに粉々にしたら、それは解けるのか?
「その悩みは置いておいて、今から店に来るように」
「なんで?」
「約束、守る気はあるよな?」
ない、と言ったらどうなるのか。考えるのも恐ろしいので、電源をオフにした。
★
エキトの店は、大きく改装をしたらしい。前に来た時と、全てが違っている。
まず外観が違う。二階は吹っ飛んで、応急的に塞いであるし。壁の色は、ところどころが真っ赤に染まっていた。
店の中も致命的だ。大事な商品は、壊れて床に散らばっている。無事なのは、一揃いのテーブルと椅子だけ。
ぼくはキョロキョロと見渡しながら、その椅子に座り口を開いた。
「で、なにがあったんだ?」
ぼくに用意された部屋も、フィアやフルーツの部屋も完全に消え去った。あの寮に帰るのは嫌なので、正式にフェリエに面倒を見てもらおうか。
しばらくはあの別荘に住むのが、賢明な判断だろう。
「なにって、軽くは話しただろう? ルーシーたちが暴れたんだよ」
……ああ!? そういえば、そんな話を聞いたな。
ぼくが帰らないことに業を煮やしたルシルたちが、エキトの店に強襲したんだった。
それでこんな目にあったのか、可哀そうに。
「他人事みたいな目で見るんじゃない。文句を言う気はないけど、ほとんど無限のせいだよ」
「そっか」
それは残念だ。
「賠償やお詫びをする気はないけど、具体的には?」
「この店の惨状が全てだよ、それ以上に説明する気はない。……まあ痛み分けだ、おれの店は半壊したけどおれは無傷で済んだ」
値段にすると、いくらの損害だろうか。
「代わりに、ルーシーたちは原型がないほどにボロボロになった。魔力の汚染も酷くて、長い治癒の時間が必要だ」
「原型がないって?」
「そのまま。両手両足はなくなった上に、それ以外の部分も溶けたり、必要以上に固まったりだ。見るも無残な姿だったから、その外見だけは治したけどね」
中身はそのまま、ぐちゃぐちゃらしい。興味はあるが、見ることがなくてよかった。
あまりの恐怖に、気絶したかもしれないな。うん。
「……まあ、そういう事情で。無限の自由な時間は、大幅に伸びたってことさ」
エキトが冷たい目でぼくを見る。内心を見透かしているみたいで、話が早い。
「で、あいつらは?」
「絶対安静で、どこかの病院行きだ」
「それはそれは。ルシルは喜んでいるかもしれないな」
入院してばっかりだな、あいつらは。まあ、弱いのが悪いと諦めてもらおう。
「でも、蜜月は意外と短いかもしれない。新顔が、面白い気配を持っていたから」
「新顔?」
「初めて見た顔で、まだ名前も知らないけど。どこか懐かしい気配を感じたよ。いなくなってしまった、もう会えない何かのような」
サクリのことか。抽象的な言葉だが、もしかして気づいているのか?
「これは内緒の話だけど、そいつは神様らしいぞ」
「へえ、それは面白い」
あまり驚いていないようだが、やはりわかっていたのか?
ちなみに、エキトに簡単に話したのは。こいつが関わってこないと、確信しているからだ。
知っていても語らないし、興味を持っても関わらない。自分の世界を持っている奴は、いつだって都合がいい。
「懐かしいって言ったよな。エキトも、神様とやらと関わりが?」
「おれには、ない。でも遠い先祖が、神様から直々にお宝を貰ったんだ。それは今も、一族の家宝になっているよ」
先祖の記憶ってことか。人間の繋がりとは、本当に不思議なものだなあ。
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