少しの変化

 


 フェリエの現状は理解した。二人の言いたいことも、よくわかった。


「そのうえで、一つ聞きたい。お前たちは、これでいいのか?」


 あいつに無知でいてもらいたい。上手く動かせる駒であってほしい。


 その考え方は、否定しない。


 命を守る意味でも、自分のことを考えても。それが一番、わかりやすく都合がいい。


 ……でも少しだけ待ってほしい。


「国の頂点に立つものが、無知な男で本当にいいのか?」


 知識は力で、知恵は武器だ。


 どれだけ才能があって優秀な武器を持っていても、それを振り回すことが出来ないほどの非力な男に何が出来る。


 そんな奴に何億の命を背負わせて、いざとなったら共に墜ちるのか?


「それがお前たちの考えなのか?」


 もしもそうだとしたら、残念ながら船には乗れない。


 沈没する船に乗るのは、愉快な気分になれるだろう。でも、見栄えの悪い船は好きになれない。


 どれだけ素晴らしい性能を持っていても、その外装では敬遠してしまう。


 自分でものを考えないリーダーなど、醜いという言葉でも生ぬるい。


「……綺麗ごとを言うんじゃねえよ。仕組みが良ければ、上手く動けばいいだろう。組織ってのは、そういうもんだ!」

「そうじゃの。世界は理想では動かん。例えば、全てを正直に教えたとして、あの子が動けなくなったらどうする?」


 本当の危険や、世界の不条理さを教えたとして。フェリエが動けなくなったらどうするのか?


 素質がなかったと、見切りをつければいいだろう。


「綺麗なことを言わないでどうするんだ? 人は理想や奇麗なものに惹かれる。なぜなら、それが正しいからだ」


 現実の厳しさや上手くいかない不自由さで、世界は満ち満ちていた。


 だから綺麗なものから目をそらして、穢れた自分を肯定している。そうしなければ、立ち行かないからだ。


 でもみんな、それはおかしいと思っている。だから、綺麗な何かに心が惹かれる。


「綺麗なことを口にしておけば、多くの人たちは集まってくるだろう」


 光に集まる、醜い虫のように。自らの浄化を求めて、他者に縋るのだ。


 美しいものに近寄れば、自分も美しくなれると錯覚できるだろう。


「だから、ぼくも綺麗なことを口にしよう。フェリエに全部話せよ。そうすれば、もっと楽しいことになる」


 こじれてねじ曲がった糸なんて、見るに堪えない。ピンと伸びたら、千切れるかもしれないが。


「意外だな。お前は、人に関わるタイプには見えなかったぜ」


 ファングは驚いた顔をしているが、別に間違ってはいない。


 はっきり言ってぼくは、フィアにもフェリエにも関わる気はない。その証拠に、意見を話しているのはファングと爺さんだ。


 フェリエには何も言わないし、確認もしない。


「お前たちに興味はない。ただ、言いたいことを言っているだけだよ」


 必要なことを言っているだけ。このままでは、フィアの圧勝が確定してしまうからだ。


「だったら、ハッキリ言っておく。おれっちたちが、フェリエに何かを言うことはねえ。お前も何かを言わねえんだったら、何も変わらねえよ!」

「そうか」


 それはない。


「ああ、そうじゃ。フェリエの行く先には、多くのものが関心を持っておる。今更変えるわけにはいかんのじゃよ」

「はいはい」


 楔は打った。これで変わる。


 この二人はフェリエを大事だと言って、罪悪感を持っていた。その小さな感情をつついた以上は、何かが変わる。いつか、変わるだろう。


 企みも、策謀も結構なことだが。人は奇麗な言葉に惹かれるのだから。


 どんな風に変わるのかは、わからない。でもそのほうが面白い。


「じゃあな。明日も早いし、おれっちは帰るぜ」

「わしもじゃ、寝坊をせぬようにな」


 二人は大きな足音を立てながら、部屋から出ていった。その後ろ姿を見ても、何かを悩みだしたことは明白だ。


 あの二人が何も語らなくても、その変化に周りの者は気づくだろう。仲の深い者たちなら、特にだ。


 その配慮や心配に、心の動揺は大きくなっていく。そしていつの日か、罪の告白をするだろう。


 選挙の始まりは、二年後だ。時間は十分にある。


「……ぼくはその時に、どこにいるんだろうな」


 この国にいないのは確実だし、その結果を見届けることもない。


 場をひっかきまわして、報酬を受け取って他の国に映っているに違いない。様子を見に戻ることもないな。


「生きているかも、怪しいか」


 イギリスにわたって、アメリカに戻ってきて。


 今でもぼくは、本質的に興味を持つものがない。全てが理解できなくて、全てに理解をされることはない。


 トワのように凄い奴が現れても、結局はその結果が変わることはなかった。ぼくたちは、永遠に理解し合うことはないだろう。


 それでも、理不尽は許せなくて。不幸よりは、幸福な結果の方が望ましい。


「……そうだよな。自分には関係なくても、そのほうが美しいのは間違いない」


 自分の選んだ道が破滅に続いているのなら、それは仕方のないことだ。


 でも他人に決められた道で、どん底に墜ちるのは憐れみを覚えた。これはそれだけの話。


「でも、全てを教えて、絶望するのなら……」


 信頼していた周りの人間が、嘘ばかり語っていたこと。自分の都合のいいように、誘導していたこと。


 正しく味方でありながら、敵と等しい存在であったと知って絶望するのなら。


 それはそれで、アリだろうさ。

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