舐めた戦い
加速をつけて殴りかかって来る少年を、素早い動きでひょいひょいと躱す。
拳が空を切る音が恐ろしい。普通よりも、優れた体で助かった。
この圧倒的に不利な戦いをなんとかしたい。こちらには武器もなくて、一撃喰らったら大怪我を負う。
攻撃を仕掛けて、かすり傷を負わせることも出来まい。
「まいったな……」
「避けるだけか、ソレガシを舐めないでください!」
なにやら怒っているようだが、欠片も舐めてはいない。怪我をしたくないし、上手く気絶することだって難しいんだぞ。
相手の魔力は少ないようで、身体能力ではこちらが上回っているのが幸いだ。
「あはっ。なにをやってるの、むげん?」
近くに座り込んで、のんきなことを言っているのはトワだ。戦わないのなら、せめて邪魔をしないで欲しい。
「戦っているんだよ、見ればわかるだろう?」
「……っ、戦闘中に何を!?」
トワと会話を始めたことに苛立っているようだが、そんなに余裕があるわけじゃない。
全ての攻撃を完璧に避けることは、なかなかに神経を使うのだ。
「剣を呼べばいいよ。借りているんだよね?」
「あー。あれは壊れた。そのまま存在を忘れていたから、直してもらってないし、新しい剣ももらっていない」
そういえば、そんなものもあった。簡単に壊れた、役に立たない剣だ。
「あの剣は魔法の剣だからね。しばらく放っておけば、自動で直る。試しに呼んでみようよ」
確かに武器があれば、少しは楽になる。ものは試しだ。
「よくわからないが、そうはさせません!」
大声で会話をしていれば当然だが、ぼくが武器を呼ぶのを目の前の敵が邪魔しようとする。
だがそれも遅い。拳が当たるよりも、声を上げる方が早いのだから。
「……来い!」
突然に轟音が響いた。鞘に入ったまま、目の前の地面に剣が突き刺さっているのだ。驚いて少し距離を開けた少年を視界に入れながら、勢いよく剣を引き抜く。
刀身に傷はなく、早く使えと言わんばかりに輝きを放っていた。
「よし」
とは言っても、これで斬りつけることに意味はない。どうしようかと悩んでいると、少年の攻撃が再開された。
「怯えていては、勝てる者も勝てませんよ!」
ぼくの悩みを怯えだと判断したのか、勢いを付けながらのラッシュが始まる。
止まって見えるが、舐められるのも面白くない。大怪我を覚悟で、拳を剣で受け止めた。
「……あれ?」
怪我をしていない。いつもならこれだけで、自分の腕が折れたり、血が噴き出したりするのだが。
「まだまだあ!」
拳と脚による連続攻撃を、全て受け止めてみるが、無傷のままだ。
これは、どういうことだろう。剣が強化されたのか?
試しに少年を斬りつけてみる、大上段に構えて、両断するように振り下ろした。
「くっ、やりますね」
攻撃を受け止めた少年の拳は、少しだけ赤く滲んでいる。攻撃が通ったのか?
謎が深まる一方で、どうすればいいかわからなくなっている。
調子に乗って攻撃を始めたら、目の前の少年を殺してしまうかもしれない。
それは別に構わないのだが、選択の自由がないのが気に入らない。自分の使う武器の性能ぐらい、把握しておきたいのだ。
「違うよ、むげん。剣が強化されたわけじゃない。相手が弱いんだよ、魔力量が少ないんだ」
ぼくの疑問を見透かしたようなトワの言葉。その発言に、少年が過敏な反応を見せる。
「……そうですよ。ソレガシの魔力量は、普通の人間より少し多い程度です。それでも、魔力を持たない貴方よりは強いはずだ」
「確かに」
攻撃が弱いのも、動きが遅いのも、防御が低いのも。全ては魔力量の少なさが原因だ。
それでも零と一は、天と地ほども違う。ぼくに魔力がないのかは、よくわからないところだが。
「戦闘技術になら、自信がある。ずっと、ずっとそれだけを頼りに生きてきたのだから!」
なにやら誇りを持っているようだが、そんなものはどうでもいい。
まだ相手の名前すらも知らないのに、事情やコンプレックスに興味もわかない。
全ての攻撃を捌きながら、色々と考えてみることにする。
「……」
少年の自慢である戦闘技術など、生まれつきの身体能力の敵ではない。簡単に言って、どれだけ攻撃されても全て避けることが出来る。
倒すことも、まあ可能だろう。拳に血が滲むほどの威力が出せるなら、何度も斬りつけることで、最終的には倒せるはずだ。
だが倒してしまったら、どうなる? ゆっくりと観戦していられるのか?
この空間から解放されたり、他の敵と戦うことになるのではないか?
まだまだ興味深い奴らが、いっぱいいるのに。
「うーん」
「あはっ」
トワの方を見てみるが、笑っているだけで何も言わない。
こいつは全てにおいて例外なので、参考にはならない。そして全ての頼みを聞くかと言うと、そんなこともない。
よし、決めた。
「もうそろそろ、飽きた。もう止めを刺してやる!」
「くっ、負けるものか!」
わざわざ宣言をしてから、大ぶりの攻撃を繰り出す。案の定、簡単に躱されて、合わせて脇腹にカウンターを喰らう。
「……やるな、少しだけ侮っていたようだ」
「貴方は強かったです。でも、ソレガシの研鑽の方が少しだけ優れていた」
いい具合に優越感に浸ってくれている。これなら問題がないだろう。
「まだ終わっていない。これからが本当の勝負だ!」
「わかりました、お互い主に恥じないように。最後まで戦いましょう!」
主とは誰なのか。
まあこれでいい。あとは適当にいなしながら、他の奴の戦いを見物しよう。
実力差は明白だし、この剣は思ったより便利だ。必要ないかもしれないが。
怪我をすることで、戦いの時間を引き伸ばせるし、手加減されて、より戦いやすくなるだろう。
……あ、それと。脇腹に受けたダメージは軽くて、なんとなく痛みもなくなってきた気がする。
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