フルーツの成長
「よし、これなら問題ないな」
誰にも聞こえないように、小さく呟く。トワが笑った気がしたのは、気にしない。
これだけの実力差があれば、目を瞑っていても攻撃が当たることはないだろう。
色々な意味で油断をしていると、突然ぼくの周辺が暗闇に覆われた。
「はん。まとめてくたばっちまいな!」
本の魔法使いが、何かの魔法を発動したらしい。視界の隅で何かを叫んでいるのが分かる。
その正体は上を向けば明白で、山のような大岩が浮かんでいた。
「本気か、ファング!? これではソレガシたちも巻き込まれるぞ!」
「信じてるぜ、上手くよけろよ」
どうやら説得には失敗したらしい。このままでは数秒後に堕ちることを想像すると、取れる手段は限られる。
誰かの助けを期待するか、このまま逃げるかだ。
次の行動を決めかねていると、誰かが動いた。大岩に向かって大きくジャンプし、持っていた大剣で真っ二つにしたのだ。
剣筋が目に見えそうなほどに綺麗で、技術を感じさせるものだった。
「大丈夫ですか、お兄ちゃん」
用を済ませた大剣を、自らの魔力に戻しながら語り掛けてくる。その姿は紛れもなくフルーツだが、いつの間に強くなったのだろう。
「腕を上げたんだな。一本の剣で大岩を断ち切るなんて」
「……いえ、それは違います。剣の力ですよ、フルーツは力任せに振っただけですから」
剣に命令されただけだと、自戒しているようだ。そんな上等な剣を作れるようになっただけでも、進歩だと思うが。
「お話はここまでです。どうか、身を隠して安全なところにいてくださいね」
言葉を残して、フルーツは走っていく。本の魔法使いの所へ、風のような速さで。
その勢いを殺さず、新しく作った剣を振り下ろす。見えない盾に弾かれたみたいだが、そのまま追撃を続けている。
「お兄ちゃんに危害を加えたこと、万死に値します!」
「なんだあ、無傷だったじゃねえか!」
何度目かの攻撃で見えない盾を破壊し、続く攻撃で浅くだが胴を切り裂く。同時に剣が壊れてしまったが、フルーツはまた新しい剣を作り出していた。
「戦いにくいったらないぜ。何度武器を壊しても、また作られちまうんだからよ。だが、少しずつ魔力が減っているみたいだな!」
「問題ないでしょう、まだ余裕はありますので。貴方を始末すれば、不思議な高揚感も消えて、戦闘は終わります」
「見る目があるな、嬢ちゃん。そうだよ、おれっちを倒せば戦いは終わる。倒せればなあ!」
ファングとやらの言葉と同時に、フルーツが見えない何かに弾き飛ばされる。
距離が出来たと思ったら、宙に浮かぶ九つの雷の球が高速でフルーツに襲い掛かった。
「……面倒ですね、仕方がない」
フルーツは呟きながら、九つの茶色い刃を作り出し、雷の球に投げつけていく。
衝突するたびに相殺し合って、全てが消えた。反撃するように七色の刃を作り出すと、そのままファングに投げつける。
ファングのほうも、炎や氷などの七色の魔法の球を本から浮かび上がらせると、その刃を相殺したのだった。
「なんだあ、おれっちたちは似た者同士かあ?」
「一緒にしないでください。本から魔法を生み出す貴方より、フルーツの方が優秀です」
「嬢ちゃんは、特殊な力を帯びた魔道具を作り出す魔法か? 器用貧乏にならないといいがな」
何でも作れるフルーツと、本からなんでも生み出すことが出来るファング。
確かにこの二人はよく似ている。違いがあるとすれば……。
「魔力量に不足があんのかあ? 動きが鈍くなってきたぜ」
ファングの指摘は正しいが、間違っている。フルーツの魔力は膨大だ。それは最高のホムンクルスとして、当たり前のように備わっている。
だが、燃費が悪い。作り出す魔道具が優秀すぎて、消費する魔力が大きすぎるのだ。
いつもは作っても、自らに戻しているから問題はない。だがファングが強くて、武器が壊されるか、壊れてしまうまで使ってしまっているから。
「魔力がどんどん減っていく。作ったものを魔力に戻る能力が仇になったな。あいつは節約なんて言葉を知らないだろう」
それでも成長しているのだ。
今までは強い魔道具で敵を倒すだけだったが、今は基本的に力の宿っていない長剣で戦っている。
戦いに兵器は必要ない。武器があればいいのだと、学んだのだろう。
「でも、今回は負けかなあ」
戦闘経験が違うのだろう。遊ばれているのがよくわかる。
近くで見ているば、素人でもわかる。肩で息をしているフルーツと、笑っているファングの差は。
「……負けたんだから、ルシルの所に帰れって言えないかな?」
トワがいれば、フルーツはいらないだろう。本当はトワもいらないのだが。
足手まといを一人分だけ、自分から切り離す方法を考えていると。誰かの声が聞こえた。
「どこを見ているのですか!」
「っと」
ファングの魔法でどこかに消えていた少年が正面に現れ、その拳で殴ってきた。
持っていた剣で軽く弾くと、その行動を非難してみる。
「おい、不意打ちは卑怯だぞ」
「どこがですか! 声もかけたし、正面から攻撃したでしょう。ソレガシは遥か後方に飛ばされていたのですよ!」
わざわざ回り込んできたのか、それはご苦労なことだ。
そのままどこかに行ってくれればよかったのに。静かに観戦できたのだから。
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