キジ
揺れる車にもそろそろ飽きるが、文句を言っても仕方がない。
次のダンジョンに向かい、既に三時間は経った。もうすぐ到着するが、少しだけ拍子抜けしている。
「なんの問題もなく、街から出ることができたな」
「そうでありますな。必ずどこかでフェリエたちが現れると思ったでありますが……」
助手席で頭をかしげるフィア。予想外な展開に、戸惑っているらしい。
綺麗な白手袋を付け直して、凛とした人格に戻っているが。
「いつものパターンなら、駐車場にでも待ち伏せているはずだったのでありますが」
「音沙汰がありませんでしたね。襲ってきたら、返り討ちに出来たのですが」
フルーツも拍子抜けしたらしく、少し不機嫌そうだ。しかし運転が上手くなったな、この人形は……。
会話をしながらも、全く淀みがない。もう半人前ではないらしい。そろそろ交代か?
「予想外の展開ですの?」
「そうですね。フェリエは短絡的な性格なので、策を練ったりはしないでありますよ」
印象通りの人間らしい、それならば答えは絞られる。
「人間は、簡単には変わらない。つまり、傍にいた誰かの入れ知恵だろうさ」
観客の奴らとは別に、仲間が三人ほど近くにいた。
昏いフードで顔を隠していたので、顔もわからないが。
「そんなところでありますな。自分は面識がありませんが、優秀な仲間が傍にいるようであります」
ぼくの意見に疑いはないらしい。それほどまでに、フェリエは変わっていないのだろう。
「そのうちしびれを切らすでありますよ。仲間の意見とはいえ、いつまでも大人しくしている男ではないでありますから」
迷惑な男だなあ。ぼくたちの乗っている車に、トラックでぶつかってくるぐらいの意外性があったら面白いが。
★
期待を裏切るように、順調な旅路は終わった。中級者用のダンジョンらしいが、前のとは別だ。
「あはっ、遅かったねえ」
車から降りると、誰かの声が聞こえた。
姿を確認すると、百八十センチを超える長身に、真っ赤に染め上げた長髪の女性。黒いサングラスが、よく似合っている。
そいつが陽気に笑いながら、ぼくたちの近くに寄ってきた。
「あたしはトワだよ、ひさしぶり。今度も楽しいから、よろしくね」
その胡散臭さに、三人が警戒の表情を浮かべている。そして、困った顔でぼくを見た。
「……確かに、トワと同じ口調ですが、それ以外の全てが違いますわ」
代表してつぼみが、ぼくに疑問を投げかけてくる。
どうしようかな、綿密に練った嘘の設定を語るか。いっそのこと、本当のことを語るか。
「あれもトワだ。知り合いだから安心していい」
「トワ? 明らかに違う人間ですわよね、面影すらありませんわ」
「ぼくの協力者だと名乗る不審人物は、みんなトワだよ。覚えておいてくれ」
もう面倒だ。適当でいい。それに、どうせ毎回違う体で現れるのだから、呼び名は統一しておきたい。
「でも……」
「役に立てばいい。そうだろう?」
「まあ、そうですわね」
強引に納得させると、笑っているトワに向き合う。
「説明」
「語ることはないよ。君たちが最初に入ったダンジョンと同じようなものだね。全て破壊して、一番奥まで行けばいいさ」
そして、ボスを倒すのだ。
「自分たちで、勝てるでありますか?」
まだ弱気なフィアだが、その心配は無用だろう。
「あはっ。心配はいらないよ。あたしがいるからね」
何の根拠もなく、自信満々なトワ。
侮るなかれ、その言葉に嘘はないのだから……。
「でもその前に、面白いイベントが待っているよ」
「あ?」
その時、ぼくは何かに気づいた。轟音を上げながら、一台の車が近づいてくる。
誰もが思いつくような高級なスポーツカーが、空を走っていた。音もたてずに地面に降り立つと、数メートルの先で停車する。
「君たちに、決闘を申し込む!」
現れたのは、フェリエと四人の仲間たち。後を付けられていたのか、そんな気配はなかったが。
「居場所を調べたことは、謝罪する。どうしても我慢できなかったんだ」
「そんなことはどうでもいいです。決闘のルールは?」
やる気満々なフルーツと、提案を受け入れる気があるフィアとつぼみ。
勝手に話を進められているが、ルール次第では直ぐに逃げよう。
「五対五の勝負だ。魔法使いらしく、正々堂々と戦おうじゃないか!」
魔法使いが正々堂々と戦うものだとは知らなかったが、その言葉と同時に四人の人間がフードを脱いだ。
全員が男性のようだ。髪を結った侍と、禿頭で筋骨隆々の斧使い。
武器すら持っていない少年と、分厚い辞典を持った一人だけ魔法使いらしい男。
何かを言ってやろうと思ったが、その前にトワが笑いだす。
「あはっ。正々堂々の勝負か、これはいい」
だが、それが癇に障ったのかもしれない。一番強そうな侍が、皮肉気な言葉を漏らした。
「ふん、図体だけで弱そうな女だ。いくら魔力が強くても、使いこなせなければ意味がないぞ」
「……あ?」
トワが侍に視線を向けただけ。ただそれだけで。
「おい、どうした! おい!?」
口から泡を吐いて、気絶してしまったのだ。
「おやおや、日差しにやられてしまったのかな? 四人になったね。あたしは遠慮するから、みんなで遊ぶといいよ」
別にトワは怒ったわけではない。小さな細胞如きに、いちいち反応するほど小さな器ではないだろう。
……いや、嘘だな。この女は心が狭いので、怒るかもしれない。
とにかく、視線を向けただけで、敵の一人は脱落してしまったのだ。キジも鳴かずば、撃たれまい。
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