幼馴染

 


 言いたいことだけを口にして、フェリエたちはどこかへ行ってしまった。


 注目を集めてしまい、周囲の人間に好奇の目で見られていたのが原因だろう。


 街の真ん中で、大きな声を上げてケンカをするなんて……。御しやすい相手だな、話にもならない。


「で、なんなんだあれは?」


 四人で街を歩きながら、会話を楽しむ。邪魔者がいようとも、街の散策は楽しい。


 軽い気持ちで聞いただけだが、思ったより暗い顔でフィアは答えた。


「フェリエ・アダムス。副大統領の孫にして、自分のライバルであります。理想こそが世界を救うと、本気で思っている男でありますよ」


 本当にライバルと思っているかは、怪しいものだ。


 フィアからは困惑しか伝わらず、戦意も憎悪も伝わってこない。むしろ……。


「どういう関係ですの?」

「そうですね、幼馴染であります。数年前までは仲が良く、切磋琢磨をした友でした」


 なるほど、フィアの方はそれで納得だ。仲のいい幼馴染に、本気の戦いは望めないだろう。


 だが、それならフィリエの方はどうなる。あの目、あの言葉からは憎悪が読み取れた。


 ただのライバルとは言い難い、恨みや執念が込められていた気がするのだ。


「なんで、仲が悪くなったんだ?」

「自分は、そう思わないでありますが。……潔癖症がバレた時に、決定的な亀裂が入ったでありますよ」


 潔癖症。どこまでいっても、その言葉が付きまとう。どれだけフィアの人生に、影を落とせば気が済むのだろうか。


「自分は、フェリエの血に触れたことで、その醜さに気づいたであります。その事実が、彼を傷つけてしまったのかと」


 仲の良かった幼馴染に、自分の血が汚れていると言われた。


 ……まあ、充分か。それでも、理解してほしいものだが。


 どうしようもないことは、世の中にたくさんある。どうしても認められない心の動きも、その一つだ。


 だとすると、フェリエが傷ついたことも、理解して尊重する必要があるのか。


 ぼくには関係ない話だな、フィアが頑張ればいい。


「それよりも、みなさんには迷惑をかけてしまうでありますよ」

「そんなことはないですわ。兄上以外は、実害がありませんでしたもの」


 その通りだ、よくわからないことを語られて迷惑だったが。フィアが謝るほどではない。


「いえ、これからの話でありますよ」


 フィアは首を振ると、不吉なことを語りだした。


「自分の仲間だと認識された以上、これから巻き込まれることは確定的であります。一般人には配慮しても、自分には配慮してくれない男なので」

「つまり、襲ってくるということですか?」


 いままで興味なさそうにしていたフルーツが、会話に加わってきた。


 自称でも護衛としては、聞き逃せない言葉だったのだろう。


「間違いなく。形はわからないでありますが、ケンカを売ってくることは確実であります」


 何度も経験があるのだろう、フィアは嫌そうな顔を浮かべている。


「よし、それなら先手必勝だ。奴らの居場所を見つけて、後ろから殴ってから町を離れよう」


 あんな奴らに構っている暇はない。どこかのダンジョンに潜ってしまえば、簡単には襲われまい。


 そのうちにセカイ、トワと合流できれば完璧だ。あんな雑魚どもでは、近寄ることも叶わないだろう。


「どこまでやりますか? フルーツとしては、後腐れなく最後までやりたいのですが」


 それは、殺してどこかに埋めると言うことか?


「待ってほしいであります! 彼も立場がある身ですし、大きな問題になります。……それに、個人的にも賛成できないでありますよ」


 はっきりと意見を口に出すフィア。考慮してもいいが、今の状態では話にもならない。


「なるほど、よくわかった」


 ぼくはフィアに近づき、その美しい白手袋を脱がすと、心の鎧を奪い取る。


 連携するように、フルーツが近づくと、その手を握った。


「ひゃ、ひゃああああ!?」

「え、えげつないですわね。……フルーツは、叫び声を上げられて傷ついたりしませんの?」


 潔癖症だと分かっていても、その手に触れただけで嫌がられるのは気分が悪いものだ。


 だが、この人形に真っ当な理屈は通用しない。


「お兄ちゃん以外の人間が何をしても、フルーツの心に波を起こすことは出来ません。有象無象が、調子に乗らないでください」

「有象無象ですって!」


 二人が喧嘩を始めたが、無視してフィアに質問をする。


「その状態のフィアに聞く。どうしたいって?」

「あの、その。……あの」


 フィアは何かを言いたいのに、言えない。そのもどかしさに耐えながら、言葉を待つ。


「……あの、大事な幼馴染なので。ジブンは、フェリエに酷いことをしたくありません」


 この状態でも、思ったよりは自分の意見が言えるらしい。


 これは大きな収穫で、期待を持つには十分だ。


「わかったよ。それならとっとと逃げよう」

「あの……」


 ぼくの言葉に安堵を浮かべ、さらに何かを言おうとしている。


「できれば、相手をしてあげたいです」

「それは駄目だ」


 フィアのことも、フェリエのことも。


 そこまで甘やかす気はない。

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