螺旋階段

 


 石の階段とは、気持ちが重くなる。


 固い感触に、冷たい雰囲気。どこまで続いているかわからない、急な段差の螺旋階段。


 思わずため息を吐きたくなるが、一番頭が痛いのは別のことだ。


「あはっ。楽しいものだねえ」


 何が楽しいのか、スキップをしながら階段を登っているトワ。


 その表情は笑顔で、理由を推測することも出来ない。尋ねてみようかと思い、すぐにやめる。


 どうせ理解できないし、できても不愉快になると思うから。


「……」

「うん、どうしたのむげん?」


 だが、すぐに考えを変える。理解できないからと言って、放置しておけばもっとわからない。


 何かを求めるのなら、ぶつかって砕け散る工程を踏むことが必要とされる。


「なにが、そんなに楽しいんだ?」


 こいつを理解する必要があるかはわからないが、知らないことを知っておきたい。


「いやあ、段々体が軽くなっていくからねえ。代わりに、力が弱まっていくけど。その変化が面白いよ、人間は成長できるんだね」


 何を言っているのかよくわからない。生物が成長するのは、当たり前のことだ。


「あたしは生まれた時から、完璧な存在だったから。そんなことも知らなかったよ。人間とは不便であり、また楽しい存在だと実感できるね」


 煙に巻くようなその言葉。ぼくと距離を離すように、少しだけ先まで登っていく。


 自分で考えてみることにしよう。体が軽く、力が弱く。それを成長と呼ぶ?


「おっと、ごめんね。少しだけ感覚が狂ったみたいだ、転びそうになったよ」

「……逆か」


 身体が重く、力が強くなる成長とは。


「トワ。もしかして、若返っているのか?」


 さっき感じた違和感の正体がそれか。トワの外見年齢は十代の前半程度。


 成長したペースがわからないので何とも言えないが、おそらくは数か月ほどの分、若返っている。


「あはっ。正解だよ、二か月と四日分は細胞の時間が戻ったね。その期間で三センチほど身長が伸びているから、二センチ程度は縮まったかな」


 詳しい説明が鬱陶しいが、セカイに知らないことはないからな。


「なぜ、そうなった? 繁栄とは、若返ることだと?」

「答えを教えてもいいの?」

「駄目だ」


 それでもいいが、まずは推測と想像からだな。


「うーん。フィアにとっての繁栄とは、若返ることなのか。それとも、時間が戻ることがフィアの願望なのか」

「前者から考えてみようか。……繁栄とは、若返ること? あるいは、過ぎ去った過去に戻ること?」


 どうだろう、ぼくの考えでは違う。


 繁栄とは、形はどうであれ先に進むことだ。後ろを振り返ることは、先に進んだ結果だとは思えない。


 では衰退とは、後ろを振り返ることなのだろうか。それも違うと思う。やはり前に進んだ先に、滅びと言う結果が待っていると思うから。


「駄目だな。フィアの考えが、そもそも繫栄や衰退なんて言葉に、正解があるとは思えない」


 あるとしても、ぼくには答えがわからない。


「では、願望として考えてみようか。フィアにとって、時間が戻ることが望みなのかな。あるいは、戻りたい過去があるの?」


 ……推測だが、有り得ると思う。


 フィアの器は小さく、また平凡を幸福と考えている節がある。


 本質的に戦いを望んでいるとは思えないし、はっきり言ってこれ以上は強くなるとも思えない。


 才能があるので強く見えるが、強くなるための努力は出来ない人間だと思う。


「あるかもしれない。重圧のない、幸せな時代に戻りたいと。あるいは自分の闇を知らない、輝いていた時期に戻りたいのかもしれない」


 知らないことは、一つの幸せになる。


 自分が強く、次期大統領に相応しいと思っていた時。誰もに期待され、自らも希望に満ちていた、黄金の時期に戻りたいと。


 そう考えそうな、弱い人間だから。


「あはっ、じゃあ先に進もうか。答えはきっと、この先にあるよ」

「……ああ」


 一層の笑い声を上げるトワを追って、階段を登る。あの三人が先にいるのは、間違いない。


 だが、なかなか姿が見えないことが気にかかる。どれだけ先に進んでいるのか。


「目に見えてわかるようになったな」


 違和感に気づいてから、まだ百メートルも登っていないのに。


 トワの身長は、頭一つ分は小さくなった。


「あはっ。優秀な魔法使いは二十歳になってから、成長が止まって長い時を生きる。あたしたちはまだ十代だからね、真っ当な年齢分の若返りだよ。特別に考える必要はないね」


 二年か、三年か。どれだけ巻き戻ったのだろう。


 そして……。


「なんでぼくは、変化がないんだ?」


 そう、トワが何も言わない。そして自分の体に、一切の違和感がないのだ。


「これは隠せないから、言ってしまうよ。むげんの中にある、魔力が原因だね」

「無限の魔力って、やつか」


 そんなものを持っていると、聞いた覚えがある。


「そう、むげんは変われない。心もだけど、肉体もね! それはあたしもだよ。体は借り物だから変われるけど、中身は変わらない」


 嬉しそうなトワの言葉、それはどう表現するものか。


 ……呪いと、呼べばいいのだろうか。

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