帰りたくなってきた

 


 扉を開いた先は、一本の長い道。


 終わりがないほど、先が長いと言いたいが。歩き始める前からわかる、天を突くような一本の塔。


 あれを目指して進むのだが。少し顔を背けると、見たくもないものが一面に広がっている。


「あはっ。ここから落ちたら、何回でも死ねるほどの痛みを味わえるんだろうねえ」


 隣を歩くトワが、嫌なことを口にする。


 一本の長い長い道の、右と左には何もない。


 さしずめ、ここは空中をなぞる白線のようだ。道を外れると、その時点で地に叩きつけられる。


 ぼくたちに許されているのは、二人分の道だけ。天に生きることが許されるのは、ほんの少しだと言いたいのか。


「綺麗なものだね、ダンジョンの中だとは思えないよ」

「そうだろうよ」


 さっきまで狭い洞窟の中だったのに、ここは遮るものがないほどに広い空の上だ。


 その落差についていけないが、こちらの方が性には合っている。


 狭く苦しい場所で生きるより、危険があろうとも広い場所で呼吸をしたい。


「これが繫栄なのかな。むげんはどう思う?」

「知らないし、わからないな」


 繁栄も衰退も、形がないものだ。その定義は個人によって決まると言えるだろう。


 この光景がフィアのものか、ダンジョンを作った奴のものか。


 あるいは、ぼくやトワの作り出したものかも、わからないのだ。


「その答えは見つからないよ。だから、早く歩け」


 あの塔に手がかりがあるのかもしれない。きれいな景色にぼんやりとしているのは、時間の無駄だろう。


「つれないなあ、むげんは。こんなに綺麗な景色なのに」

「空には縁があるんだ。どうせまた、綺麗な景色を見ることになるよ」


 無理やり連れて行かれるのか、あるいは落とされるのか。


 気分がいい話ではないが、その光景は確かに美しいものだった。


「答えが見つからないなら、あたしに聞けばいいのに。むげんはあたしに頼ることを、嫌がるよね?」

「嫌がっているわけじゃない。ただ、つまらないと思っているんだ」


 ぼくは安定を求めてはいない。楽しさに比べれば、身の危険なんて安いものだろう。


「そんなことを言っていると、大変なことになるよ。このダンジョンは、危ないところなんだからね」

「はいはい」


 それはそれで、アリだろうさ。


 愚痴ばかりを言っているトワをいなしながら、ぼくたちは長い道を歩く。ずっと視界に入っているのに、なかなか塔にたどり着けない。


「二人だけなのは気分がいいね。見たくもない鏡がないと、気分も良くなるよ」


 文句があるなら、自分の世界に戻ればいいのにと考えていると、なんだか違和感を覚えた。


「どうしたの、むげん?」


 その違和感の正体がわからない。だがトワの姿にその答えがあると思う。


 なんだろう、頭のてっぺんから足の先まで眺めてみる。


 だが、全くわからない。そもそもトワの正しい姿を覚えてはいないのだが。


「なんだよう」

「……いや、なんでもない」


 やっぱりわからない。だから諦めた。どうでもいいことだと割り切ろう。


 しばらく歩き、ようやく塔のふもとまで辿り着く。


 石造りで出来た頑丈そうな塔だが、どこまで続いているのかわからないほどの高さがあって、嫌になってきた。


「あはっ。これからが本番だよ。それとも、やっぱり止めておく?」


 挑発するようなトワの言葉、ぼくはその言葉に……。


「そうしようか」

「……ええ?」


 素直にうなずいてみると、トワから困惑したような声が響く。


「近くで見ると、嫌になってきた。ぼくたち二人だけで、外に出るか」

「いいの、それで。あまり本気にされても、困るんだけど」


 苦笑する姿が、真に迫っている。何か問題でもあるのだろうか?


「困るって?」

「だって、三人は先に行ってるんだよ。見捨てて逃げちゃうのは、人としてどうかと」


 人じゃないくせに、えらく真っ当なことを言う。


「別にいいだろう。あいつらだって、ぼくたちを置いて先に行ったんだ。見捨てるのはお互い様だろう」

「先に行くのと、置いて帰るのは全然意味が違うと思うよ……」


 似たようなものだと思うが、どう違うのか。


「三人とも優秀な魔法使いなんだ。放っておいても、大丈夫だろう」


 そもそもぼくは助ける側の人間じゃない。助けられる側の人間なのだ、心配する必要もないだろうさ。


 ……していないが。


「ほらほら、ルールを守らないとつまらないでしょう。途中退場は、駄目なんだよ」

「乗り気がしないなあ」


 立場が逆転している気がするが、なんだか嫌な予感がするのだ。


 この塔を登ると、疲れると思う。


「とにかく、あの子たちを見捨てるのは可哀そうだよ。ゆっくりでいいから、登ろう」

「……わかったよ」


 さっき感じた違和感が大きくなっていく。


 身の危険を感じるものではなさそうだが、それは大きくなっていく一方だ。


 なにもかも忘れて逃げたいが、どうやらそれは無理らしい。


「よし」


 違和感の正体を推測しながら、ぼくはゆっくりと塔を登りだした。

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