汚れを落とす

 


「もう、我慢できませんわ!」


 しびれを切らしたつぼみが、突然の叫び声を上げた。


 肩を怒らせながら、悩みの尽きないフィアに近づいていく。


「アナタ、まだ決められませんの!?」

「ひっ、ごめんなさい……」


 怯えるフィアには、なんの効果もない。


 ぼくは二人に近づいていき、つぼみに一言だけ告げる。


「黙ってろ」

「なにを……」

「それは八つ当たりにしかならない。お前が我慢弱いのは勝手だけど、意味のないことをするなよ」


 責めても状況は変わらない。むしろ、悪化してしまうだろう。ここは敵のダンジョンで、ルールに従わなければならない。


 大人しくフィアの決断を待つのが、唯一の正解なのだ。


「ワタクシが決めては、いけませんの?」

「それでは意味がないだろう。あくまでも、フィアの決断が重要だ」

「ワタクシの意見を、フィアの意見にするのですわ」


 この場だけをしのぐなら、それでもいいのだろうが。


 先だってあるし、決断力を身に着けてもらう必要があるのだ。


「ルールはルールだよ」


 都合のいい仕組みで助かった。今のうちにフィアを追い詰めておきたいのだ。


 成果を積ませることでも、ぼくの目的が果たされるが、性格を修正しても目的が果たされる。早く終わるほうが都合がいいに決まっているので、このチャンスをものにしたい。


 そのためには、この状況は都合がいいのだ。……それに、強制するのは趣味じゃない。


「ちょっといいですか」


 話がまとまりかけたころに、黙っていたフルーツが声をかけてきた。


「このダンジョンで使えないのは攻撃魔法と、脱出の魔法だけです。その他の魔法や、ある程度の魔道具は問題なく使えるようですよ」

「へえ」


 眠っていたと思ったが、状況を自分なりに整理していたらしい。


「つまり、こういうことですよ」


 フルーツが手に持っていた何かを砕くと、ぼくたちの体が青い光に包まれる。


 その効果は劇的で、体や服の汚れが綺麗に消え去っていくのだった。


 それに、体力も回復したみたいだ。


「お、おお! 元に戻ったであります」


 途端に元気を取り戻したフィア、口調すらも戻った。


「求めるものは繫栄であります! 衰退してしまうのは、結果に過ぎないでありますよ」


 堂々と胸を張り、フィアは大きく宣言した。その言葉に反応して、扉は音を立てて開いていく。


 中は暗く、何があるのかわからなかった。


「出来るなら、早くやりなさい! どれだけ待たせるんですの」

「す、すまないでありますよ。でも、弱気な自分はどうしようも……」

「いいから行きますよ。先に危険がないかを、確かめる必要がありますからね」


 三人は調子を取り戻したようで、悪態をつきながら進んでいく。


「やれやれ、目論見が外れたな」

「あはっ。残念だったねえ」


 トワがくすくすと笑いながら、ぼくに見ている。


「まあいいんじゃない。必要なのは、結果でしょう」

「それが伴っていないんだよ」


 早ければ、このダンジョンで終わったのに。まだいくつかは、付き合う必要がありそうだ。


「楽しくていいと思うけど、飽きたの?」

「飽きたと言うか、面倒だ。足手まといを連れて歩くのが、こんなに大変だとは思わなかった」


 やっぱり一人がいい。依頼のせいとはいえ、邪魔で仕方がない。


「むげんは真面目だねえ。あの大統領から、力づくで情報を奪えばいいでしょ。あるいは、フィアを人質にするとか。ああ、手っ取り早くあたしが教えてあげようか?」


 剣呑なことを言っているが、そんな提案には飛びつかない。


 それでは、意味がないのだから。


「ルールは守ってこそ、楽しいんだよ。必要な時以外は、破りたくない」


 必要な時が頻繁にあるのが問題だが、出来る限りはルールを破らない。


 無法者になるのは簡単だ。でもそれでは、つまらないだろうさ。


「優しいね、むげんは。まだ諦めていないんだ、他人を理解することを」


 わかったようなことを言われたくはないが、その通りなんだろう。ぼくは無意識のうちに、周りに沿った行動を取ろうとしている。


 他人に合わせることによって、他人を知ることによって心から理解できるのだと期待しているのだ。


 そんなことは、不可能だと知っているのに。


「それよりも、一つ気になることが出来た」

「うん、なにかな?」


 突然話が変わったことに、トワは訝しみながらも付き合ってくれる。


「ぼくたちは、意味深な会話をしていたのに。誰も興味を惹かれないんだな」


 フィアを待って雑談をしていた時に、一つも隠さずに二人で会話をしていた。


 あいつらだって気になっただろうに、会話に交じるどころか視線を向けることもなかったな。


「あはっ。それは当然だよ、あたしとむげんの会話を理解できるわけがないからね」

「はあ?」

「いいかい? あたしとむげんの会話は、誰にも理解できないんだよ」


 嬉しそうなその言葉、まるで特別な事柄に酔っているみたいだ。


 察するに、何か小細工をしているのだろう。助かったことは助かった。こいつとの会話には、誰かに知られたらまずいことが多すぎるからだ。


 ぼくはどうでもいいのだが、怒ったトワが八つ当たりを始めそうなので。


「……ほんとうに」

「まあまあ。いいよね、秘密が多いってことは。都合よく生きていこうよ。むげんだって、周りの人間たちが死んでいくのは面倒でしょ」


 いいわけがないだろう。どちらも面倒だ。


 でも必要なことなので、ぼくは何も言わずに先に進むのであった。

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